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肝試し
夏だ、田舎だ、肝試しだ。
なんであの時あんなに盛り上がったのかが謎だ。でもその時は確かにノリノリで賛成していた。だが田舎の夜がこんなに暗いなんて皆知らなかった。今までいとこ同士が集まると夜通しのゲーム三昧で外なんて気にしたことが無かった。
俺たちは田舎の夜を見くびっていた。
「悠斗、早く行けよ」
「真は舞とだし、大樹は正兄と一緒。なのに何で俺は一人なんだよっ」
「だって五人しかいないんだからしようがないじゃん」俺の苦情は軽く真にいなされる。
「舞は女の子だぞ。一人で行かすわけには行かないし、大樹はまだチビだし」
高校生の正兄が淡々と言う。いつもは子ども扱いすると激怒する大樹も今だけはうんうんと頷きながら正兄のTシャツの裾を固く握りしめていた。
俺より一つ上の正樹と三つ下の大樹は兄弟で俺の親父の兄貴の子どもだ。同じ歳の真は同じく親父の姉貴の子。舞は親父の妹の子どもで、歳が近いせいで小さい頃から夏休みになって田舎に帰れば仲良く遊んだ。
その五人がなぜこんな懐中電灯の光の届く範囲しか見えない場所に突っ立っているのか。それは真の言った「肝試し、しようぜ」というあまりにもべたな提案によるものだった。
仕方ないと自分でも思うがなんとも腹は収まらない。だったら皆で、またはどちらかに混ぜてくれ。そう言えれば解決する。でも怖がっていると思われるのは絶対に嫌だ。
「知ってるぞ、真は舞のこと……」
「うわあああああああああっ」
腹立ちまぎれに口にした言葉で同じ歳の従兄弟の真が血相を変えた。首を押えこまれて窒息しそうになる。
「や、やめろっ、……痛いって」
息ができない俺の耳に真が囁き、腕を緩めた。
「ほんと、頼むよ。マジで俺……」
「っはあっ、死ぬかと思った。え、舞に告るの?」
こっそり聞くと「うん」と真が頷いた。
そ、そういうことなら協力することはやぶさかじゃない。俺と真は中学三年で、本当なら田舎に帰ってる場合じゃない。小さい頃ならいざ知らず、中学生にもなれば、田舎なんて結構めんどうなものだ。特にお盆とか、法事だとかは遠慮したい日ランキングの一位と二位を争うと思う。顔も覚えてないような親戚のおばさんやおじさんにとっつかまって話の相手をさせられる悲劇が待っている。
だが、それよりもっと嫌なものがある。
それは、親戚の誰かが連れて来た俺とはどういう繋がりなのか知る由もない子どもだ。坊主の読経が続く中、グズる子どもの親は簡単に自分の可愛い子どもを俺に丸投げする。
「○○ちゃん、お兄ちゃんに遊んでもらいなさいねえ」
俺のことどこまで知ってんだよ、おばさん。俺がもし凶悪なやつだったらどうすんだよ。というか、あんた誰?
露骨に嫌がる俺に強引に引き渡された子どもは当然不貞腐れ、親に頼まれたんだから当然接待されて然るべきだと思っている。
「兄ちゃん、色鬼しよ」
「お、おう」
それからはひたすら『どっかで血が繋がってるらしい子ども』さまの奴隷と化す俺。わがまま放題の子どもが帰るまで必死で耐えるしかない。なにしろ泣かれでもしたらそこら辺の大人につるし上げを喰らう。
俺だって子供だ。なんで接待する側になってなきゃならないんだ。
受験生ってことでまさか今年は無いだろうと思っていたら「どうせ私たちがいなかったら勉強なんかしないくせに」と問答無用で両親に連れてこられた。確かにやらないだろうけど。
毎年田舎には帰っているわけだが、さすがにこの先従兄弟が全員集合なんてどんどん無くなる気がする。前から真が舞のことを好きなのはなんとなく分かっていたので真の気持ちは応援したい。
でも肝試しで告るか、ふつう。
突っ込みたいことは数々あれど、まあいいかと思っていた昼間の俺に一言言いたい。
「俺のバカ野郎」
家の農機具が置いてある納屋の前から続く細い道を歩いていくと道が三本に別れている。
その先にそれぞれお地蔵様の祠があって、昼間、家にあった割り箸の刺さったナスビだのキュウリだの持ってきて祠に置いていた。
割り当てられた祠からそれを取ってくればいいルール。簡単だ。家の敷地からそんなに歩くわけじゃないし、取ってくるのもナスビか、キュウリだ。
そう思っていた。簡単だって……そりゃ昼間ならなと今は思う。
「真っ暗だな」
「おお……」
ごくんと誰かが唾を飲み込む音が聞こえてなんだか雰囲気満点になってきていた。
「俺と大樹は右の、真と舞は真ん中、悠斗は左な」
正兄がいい加減にそれぞれの割り当てを決める。どこが一番怖いのか判断できないので誰からも不満は出ない。
「行こうか、舞」
「う、うん」
びびりまくってたはずの真がぐっと懐中電灯を前に突き出し、反対の手を舞に差し出した。
おおっ、やるじゃん、真。
しっかりと手を握り合った二人が歩き出す。ああ……あれが世に言う『吊り橋効果』ってやつ狙いなのか。案外上手くいくかもなとなんだかほっこりしながら二人の背中を見送る。そして正兄がセミの幼虫と化した大樹を腰にひっ付けたまま歩くのを見て噴き出した。
「大変だなぁ、正兄」
ところが懐中電灯に照らされた光源から出た途端、一瞬で彼らの背中はかき消すように消えてしまった。
暢気に笑っていた口が閉じるのを忘れて固まる。重大な事に気づいた。
「取り残された」
墨汁を流し込んだような闇の中、手の中の懐中電灯の明かりの先に二対の目玉が反射した。
あれなんだ? 狼? 熊とか? え、ライオンだったりしたら……。死んだふり……は効果ないか。木に登る……のは俺が無理だし……。
あんまりの怖さにここが日本だかアフリカのサバンナだかジャングルなのかも分からなくなっている。
怖い、怖すぎる。
しかしここでみんなの帰りを待つわけにもいかない。そうしたいのはやまやまだけど、それを選択できるわけはない。
「こうなったら俺が一番最初に戻ってやる」
とにかく今は何でもいいから目標を作ってそれに向かってがむしゃらに進むしかない。すごいへっぴり腰で目的地に向かう。
孤独な生活は独り言が多くなる――名言だと思う。まさに今の俺はすごい孤独で。だからでかい声で独り言を言っても全然おかしくない。何かしゃべってないと闇に飲み込まれてしまう気がする。
「足に纏わりついているのは変な触手じゃなくってただの葉っぱだよな」
声がやけに響くし、足元からは枝を踏んだのか、ぱきりと乾いた音や枯葉のかさつく音がする。
「今顔に触ったのはゾンビの手じゃない、ただの木の枝だっ。分かってるんだよ」
よし、その意気だと自分で鼓舞する。大丈夫、怖くない。
「そして肩をとんとん叩くのは……叩くのはえっと……なんだ?」
理由が思いつかなくていきなりパニックになりそうになった。確かに今肩を「何か」がとんとんと叩いたよな。
ええとええと……何でもいいから思いつけ、俺。
「肩叩かれてんだったら誰かに呼ばれてるんじゃない?」
「ああ、そうか。そうだよな。サンキューって……」
なんで誰かとしゃべってんだ? そう思った途端に膝がぐらぐらと操り人形のように頼りなくなった。
今の誰? いや、言わなくていいし。人間知らないほうがいいこともあるらしいし。
ここはきっぱりと無視するに限る。
「なあ、さっきから呼んでんだけど」
聞こえない、聞こえない。
「おいってば」
言葉とともに目の前に現れたのは俺と同じぐらいの歳の女子だった。
「ぎゃあっ」
悲鳴を上げた途端に頬を引っ叩かれた。
「失礼なやつ。こんな絶世の美少女目の前にして何が「ぎゃあ」だよ、クソガキ」
恐ろしく口の悪い自称美少女がにんまりと笑いながら俺を見た。
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