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鯱(しゃちほこ)荘にて
ハルさんが老眼鏡を探していたら、衣装ケースの隙間から、ぽろりと一枚の写真が落ちた。写真の裏に記載され年号から、六十七年前のものと分かった。
鏡台の上に置いておいたら、ヘルパーのナオさんが見つけて、茶色のショートカットをかき上げながら言った。
「あら、素敵な写真じゃない。ハルさん。若い頃はずいぶんぷくぷくしてたのねぇ」
「この当時は痩せてることは不健康って思われる時代だったから、無理に太ったのよ」
「価値観て変わるものね。でもこれ、大分痛んでるわね。このままだとあれだから、加工してあげるわ。ちょっと借りていい?」
ナオさんがそう言って家に持ち帰り、パソコンに取り込んで、デジタルフォトフレームという電子の写真立てに落としてくれた。
原理はよく分からないが、お蔭で、嫁入りの時に購入してからずっと使っている箪笥の上には、海の家の前に立つ、まだ髪の毛があって水着も浅黒く締まった身体に様になっていた頃のミチユキさんと、今とは真逆の肩まである黒髪をなびかせ、ワンピース水着の上にTシャツを着た自分が、昨日撮った写真のように微笑んでいる。
いつお迎えが来てもいいように、6畳の部屋の中には古い家具以外、あまり物を置かないようにしているのだが、ナオさんが「殺風景で寂しいから」と気を遣って、季節の花や旅行のお土産を置いていくので、なかなか片付かない。
花瓶の水を取り替えて、一息つく。カレンダーの今日の日付には、マルがない。次にハルさんが来るのは明後日だ。
「やっぱり、相談しようかしら……」
ハルさんはベッドに正座をし、目の前に置かれた細い筒状の入れ物を見下ろして、ハァとため息を吐いた。
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