1人が本棚に入れています
本棚に追加
キョウタの発言で一気に場の空気がゆるんでしまった。俺達は今まで入っていた肩の力を抜いて、床に足を投げ出して座る。するとイクオが突拍子もない提案をしてきた。
「もう持ち主探しなんてやめねェか?」
「なんでだよ。なきゃ困るだろ」
「でもヨ。今、別に誰か1人そのネジが無くてもこうやって会話できてンじゃん。ならあっても無くてもよくねェか?」
目からウロコだった。初めに聞いた時はありえない提案のように思えたがその説明を聞くと確かにそれでもいいのかもしれないと思ってしまう。
「キョウタ、今何時?」
「4時45分過ぎ」
「あと15分か……。残り5分まで持ち主が分からなかったら、じゃんけんで勝った奴に挿す?」
「せっかくだしフリースローにしねェか?」
「悪くない」
結局こうなるんだな、とホッとした気分になる。どうやらスピーカーの向こう側の存在が与えた試練は俺たちには難しすぎたようだ。
「持ち主じゃない人が挿しても大丈夫かな?」
「急に真面目になったら笑えるな」
「それはオモれー」
「さ、あと10分考えようよ」
「ああ」
考えようと言ったものの、もうフリースローでいいよと心の中で言っている自分がいることに気付いた。倫理観がなくたって死ぬわけじゃない。イクオの言うとおり、こうやって普通に話もできる。
俺達のバスケの実力はほぼ一緒。なら、もう3分の1に委ねてもいいんじゃないか。
考えようという意志もないのに名案が思いつくわけもなく、時計の針は4時55分を指そうとしていた。
「早めに始めようゼ」
「そうだな」
まずキョウタが立ち上がりバスケットボールを取りに行った。
それに続いてイクオが立ち上がろうとして床に投げ出していた足を曲げて、一瞬体育座りのような体勢になった。その時、イクオのズボンの右のポケットから手のひらサイズのお年玉を入れるような封筒が落ちた。
俺は見た。達筆で分かりづらかったが、その封筒には確かに京太君へと書かれていた。
イクオはそれを素早く拾い上げ、俺の視線を気にして眉間にシワを寄せてものすごい目つきでこちらを見てきたので、俺は慌てて手に持っていたスマホをいじるのに夢中なふりをした。
数秒して俺の疑いは晴れたのか、イクオはフリースローを始めるためにキョウタの方に行った。キョウタはボールを取りに行っていたのであの封筒は見ているわけがない。
何がなんだか訳が分からないが、一つだけはっきりしたことがある。このネジの持ち主はイクオだ。
最初のコメントを投稿しよう!