蒼い恋慕

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伊藤の反省 「じゃあ。」 佐伯が軽く手を上げた。 私たちは無言のまま佐伯の後ろ姿を見つめた。 ピンと伸びた背筋。 軽快な足取り。 そして、涼しい襟足。 ごめん、ごめん。佐伯・・・。 なんで私は・・・ 私は佐伯に声を掛けなかったのかな。 どうして・・・。 ごめん・・・。 気付けば涙が溢れていた。 ぽたぽたと廊下を濡らす涙に中嶋が驚きの声を上げた。 「伊藤ちん、どうしたの・・・。」 慌ててほかの五人も顔をのぞき込む。 「佐伯、きっと豊田さんのこと好きだったんだよね。」 「ええ?!」その場にいた六人が驚きの声を上げた。 「でも確かに、髪をばっさり切るなんて。」 佐伯と仲良くなって10年。彼女の髪の長さはずっと変わらず、肩甲骨の下だった。 髪を染めた姿を見た事も無く、パーマなんかもってのほか。 唯一夏になると、髪を下の方で結むくらいだった。 去年の浴衣祭りの時、珍しく佐伯が髪を高い位置で結んでいた。 「珍しいね、初めてじゃない?似合うよ。」 私は背伸びして佐伯のポニーテールをつんつんつついた。 それほど佐伯はお洒落に無頓着で、更に男性に興味が無かった。 女子校にずっといたから男性に免疫が無かったかもしれない。 飲み会やコンパには誘えば来てくれた。 それでも男性と話す姿をあまり見かけたことが無い。 一歩引いた場所からニコニコとみんなを見つめていた。 私たちは8人の大所帯仲良しグループで、それぞれみんな彼氏ができ、付き合いが悪くなっていても佐伯は平気だったし、失恋したら黙って寄り添ってくれた。 佐伯に男性に興味が無いのか何度か聞いたことが有るが、「興味ないなぁ。」 とニコニコしているばかり。 佐伯は愛嬌があったし背が高く、私たちが届かない物をさっと取って渡してくれる。 蛍光灯が切れたときも積極的に脚立を使って交換してくれていたので、ずっと女子から人気が高かった。 男子から話しかけられることもあったが、佐伯から話しかけている姿を見たことが無い。 そんな私が唯一驚いたことはその浴衣祭りの日。 佐伯はいつものように私たちの輪からそっと離れ、ニコニコと私たちや周りを眺めていた。 その佐伯がさっと小走りして、豊田さんに話しかけていた。 佐伯が?! これはなに?! と驚きとときめきで心が揺れるかも!と思ったのもつかの間、会話を一口二口交わしただけですぐに二人は別れてしまった。
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