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絢子
絢子は仕事帰りの路上で、自宅マンション横の街路樹に紙片が引っかかっているのに気がついた。何気なく目をやったその紙にクレヨンの落書きを見つけ、胸の中で怒りが燃え上がる。
(またあの子……っ!)
急ぎ足でエントランスに入り、コンシェルジュに声をかけた。彼がにこやかに応答したということは、子どもが窓から物を落としたことは問題になっていないか、少なくとも自分の部屋からだとバレてはいないのだろう。少しだけホッとしたが、怒りが収まったわけではない。
乗り込んだエレベーターがノンストップで28階に到着すると、絢子は廊下の突き当たりにある茶色いドアに向かった。ハイヒールの踵がカツカツと、大理石を模した廊下のタイルを鳴らす。電子キーで解錠して玄関に上がり、絢子は一番手前の部屋のドアを開けた。
「きららちゃん!」
ラグに寝そべって絵本を見ていたパジャマ姿の5歳児が、ゆっくりと振り向く。
「おかえりなさい」
無表情でそう言ったきららに絢子が外で拾ってきた折り紙を突き出して見せると、幼いその顔がムッと歪んだ。
「窓から物を落としたらダメだって、何回言えば分かるの?!」
「わかってる……」
「分かってるならどうしてやるの!」
強く言われ、きららはふてくされたような顔でうつむいた。
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