合戦にならなかった猿蟹

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 麗らかな春、満開の桜の木々を観賞しながら山登りを楽しんでいた爺さんは、中腹まで来ると、さて飯にするかと独り言ちて切り株に腰を下ろし、おむすびの入った包を広げ、おむすびを食べ始めた。  それを猿は草叢に隠れながら何とか横取り出来ないものかと見ていた。  そうとも知らずに爺さんはおにぎりをもう一個食べようと包からおむすびを取ろうとした時、誤って落としてしまった。  それが下り坂まで転がって行ったものだから、ころころと坂を転がり落ちて行くと、それを見逃さなかった猿は爺さんより先におにぎりを追っかけて行った。  おにぎりは河原の平坦な所まで転がると、転がる勢いを失い、ロゼット状に生えたタンポポの葉に引っ掛かって止まった。その直ぐ横には柿の種が落ちていた。  そこへ横歩きで通りかかった蟹は、当然の如く大好物のおにぎりを拾おうとすると、おにぎりに追いついた猿が息を切らしながら言った。 「目先のちっぽけな利益より将来のでっかい利益が見込める方を拾った方が絶対得だぜ」  蟹は猿の言うことに対し珍紛漢紛になって言った。 「どういうこと?」 「だからおにぎりを拾って食べると、それっきりだろ。だけど、柿の種を拾って育てれば、柿の実が一杯なって鱈腹食えるじゃないか」  蟹は柿の実も大好物なので、「ああ、成程」と納得した。「じゃあ、柿の種にしよう」  蟹はそう言って柿の種を鋏でつまむと、家へ持ち帰り、育てることにした。  一方、猿は残り物には福があるとばかりにおにぎりを拾って然も美味そうに食べた。  その後、遅ればせながら爺さんはおにぎりを探しに来たが、勿論、見つかる筈がなく、となれば、ネズミの巣穴も見つかる筈がなくネズミにおむすびをあげられない儘、早くも表舞台から消えることとなった。
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