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祭囃子の音色は、香原署を越えて田園地帯まで響き渡る。
その田園を横切るように続く一本道に、一人の女が歩いていた。
年は二十歳の前半あたり、女はまるで祭囃子に調子を合わせるように、のらりくらりと田園の果てに向かって進んでいた。時々足元はふらつき、酒に酔っているようにも見える。
随分後ろから、紺色の制服を着た男が自転車に乗って女に近づいていく。佐取交番勤務の巡査、合地拓巳(あいち たくみ)であった。
合地は左右に体を揺らしながら、懸命に自転車を漕ぎ、ついに女の真横に並んだ。しかし、女は合地に気づく様子も無く、ただ道を歩き続けていた。
「あの、すみません」
合地は時折、帽子をずらして汗を拭いながら女に声をかける。
「君、何処に行くのかな、この先の家に用事があるの?」
女はまるで反応が無い。まるで線をなぞるようには歩き続ける。
「柴田さんの家?山本さんの家?・・・この先、その二軒の家しかないんだけど・・・」
女は一瞬、後ろに付いていた男に顔を向けるが、再び前に顔を戻した。
「ねえ、ちょっと・・・」
合地は自転車を止め、女の傍を寄り添う。
「ごめんなさい、止まって聞いてくれるかな?」
話を聞く様子にない女を、合地は自らの腕を使って制止し、女の動きを止めた。
合地の腕が、女の服に触れる。
腕から伝わる違和感を、合地は即座に読み取った。
合地は自分の腕を見て、女に声をかけた。
「君、どこか怪我してる?」
合地からは、何も見えていなかった。
女の服は深紅に染まっていた。合地の腕も、まるで伝っているかのような赤色に染まっていた。
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