一、少女A

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香原署防犯課内に電話の音が鳴り響く、課長でありながらも、せっかちな性分のためか、花井はこういう呼び出し音にはいち早く反応する。 「はい、防犯課・・・・はぁ、身元不明の?」 花井の一言に荒木と中島が注視する中、大瀬はまるで他人事のように床を注視した。 「はい・・・わかりました、直接病院へ向かいます。」 花井が受話器を置くと、視線はそのままモップをもって右往左往している大瀬に向けられた。 「大瀬君」 大瀬は静かに動きを止め、花井に顔を向けた。 「はい」 「大瀬君、確か以前は佐取交番勤務だったよね?」 「はい、どうかしましたか?」 「佐取交番から連絡があって、身元不明の二十歳前後の女性が、佐取町の農道を徘徊してたそうだ。巡回中の合地巡査が保護したから、徳利君と香原総合病院に向かってくれないかな」 「病院ですか?」 「そう、その子、どうやら怪我しているらしい、服に大量の血液が付着していたそうだ」 「わかりました。香原総合病院ですね」 「向こうに着いたら、徳利君を待ってくれるかな?彼には直接行ってもらうから」 「そうだ、徳利さんはまだ来ないんですか?」 花井は大瀬を見つめながら、小さく溜息をついた。 「忘れたのか?今日でちょうど一周忌だ、今墓参りに行ってるよ」 大瀬は花井の言葉を聞くなり、視線を静かに下した。 「わかってますよ、とにかく病院に向かいます」 街道沿いに並ぶ古い家屋達は、リノベーションを施して洒落たカフェや土産屋に模様替えをしている。言わばこの辺りがメインストリートというわけだ。その通りに一本横に進んで数十メートル、肩の丈くらいの塀を超えると通りの騒々しさが打ち消されたかのように静粛が続く。 規則正しく並ぶ墓石、その端にしゃがみ込むスーツ姿の男。 徳利英一は身の丈くらいの墓石の前で石のように固まり、手を合わせている。徳利は静かに目を閉じ、一年前の情景を思い出していた。 ホームセンターの通路にできた人だかりは、何かを囲むようにして、その中心を不安げに見届けている。 その輪の中には、制服を着た徳利が必死に心臓マッサージをしていた。 倒れている人間は背が高く体格良い、七十から八十代位の男、目を見開いたまま微動だにしない。 徳利は自分の横で立ち尽くす大瀬に向かって叫んだ。 (大瀬、あれだ、電気のやつ、持ってこい) (あれ・・・あれって何ですか?) 大瀬にうまく説明ができない、両手の動きに神経が集中して、頭の中が整理できないでいる。 (あれだよ、電気の、心臓動かすやつ) 声を荒げる徳利の声に、大瀬は過敏に反応した。 (AEDですね) (それだよ、早く持ってこい) 条件反射に、大瀬は人混みをかき分けて通路の奥に向かって走り始めた。 頼むよ・・・動いてくれよ・・・ 自らの呼吸を荒げながら、徳利はその時ひたすら祈っていた。 不意に、墓地内に電子音が鳴り響いた。 徳利は目を開いて、右ポケットから携帯を取り出した。 「はい、徳利です・・・・はい・・・・総合病院ですね、向かいます」 徳利は会話を終えた携帯を見つめ、その視線を墓石に移した。 墓石には大きく『山形家』と彫られている。
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