一、少女A

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大瀬は一足早く香原総合病院に着いていた。屋根のついた入口の端でバス通りをひたすら見つめている。 見覚えのある黒の車が入口に向かって進んでくる。 大瀬は運転席を覗き込むように注視し、徳利の存在を確認した。 徳利は大瀬の指示に従い、建物の脇にある駐車場に車を寄せた。 「おはようございます」 ドアを開けたすぐ目の前に、大瀬は待ち構えるように立っていた。 「ああ、おはよう」 凛とした大瀬の挨拶とは対照的に、徳利の返事は歯切れの悪いものであった。 ほんの数十分前までのことを考えると、すぐに仕事に切り替えることは難しい。 そもそもこの仕事こそが、徳利が墓参りへ出向く元凶となったわけだ、切り替えるには矛盾がある。 「身元不明だって、対象とは会ったのか?」 「いえ、自分も着いたばかりでした。徳利さんの車がなかったので、ここで合流しようかと」 「なんだよ、聴取くらいとっとと先にやっててくれよ」 「はい・・・すみません」 「何階だっけ?」 「二階の外科診察室です。山田巡査が付き添ってるみたいです」 荒々しく締まるドア、足早に入口に向かう徳利を、大瀬は駆け足で追いかけていた。 外科の診療室は階段を二階に上がった先にある。 徳利と大瀬が診察室に近づくと、そこには長椅子に腰を掛けた二人の女性が目に留まった。 そのうちの一人が徳利たちに気づくと即座に直立し敬礼をした。 「お疲れ様です」 「お疲れ様、山田巡査、その子がそうなの?」 女は既に、血痕の着いた上着から、病院が用意した真っ白のTシャツに着替えられていた。 「はい、今診察を終えまして、先生の診断を待ってます」 「状況説明して」 徳利が山田の目も合わさずに問いかけた。 「はい、午前九時半頃、合地巡査が巡回業務を行っていたところ、佐取町三丁目の農道付近にて徘徊している女性を発見、職質をするも返答が得ず、さらに左半身に大量の血痕が付着していたため、緊急に保護、佐取交番まで同行した後、救急車を要請、本人も意識があったため、外科診察室にて診察、現在に至ります」 「救急車の連絡の必要はあったのか?」 「あ、はい、血痕が大量に付いていたので・・・」 「本人には聞かなかったのか、痛いところはないかとか、仮に本人の血じゃなかったら必要ないだろ」 「はい、すみません、でも、田所班長と相談して連絡したので」 「田所さんか、じゃあしょうがないな」 徳利は不意に、女の顔を見た。 あれだけ、周りが自分のことで話しているのに、女は何も反応がない。
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