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女はただ一点を見つめていた。表情も固く、壁にもたれ掛かったまま微動だにしない。
女の視界を遮るかのように、大瀬が腰を降ろして声をかけた。
「こんにちは、わかりますか?」
女は、一向に反応しない。
「私は、香原署の大瀬といいます、あなたのお名前を、教えてくれますか?」
徳利が吐き出すように溜息をついた。
「尋問なら交番でもやっただろ、何も答えなかったのか?」
「はい、合地巡査が保護した後に自分が質疑をしました。しかし、何も反応はありませんでした」
すみません、という声が突然割り込み、三人は姿勢を正した。
「外科の沢井です、彼女の診察をしました」
「香原署の徳利です。こっちは大瀬巡査」
大瀬は小さく会釈をした。
「彼女の様態はどうですか?」
「特に、外傷はありませんでした。怪我はしていません」
「え、じゃあ、あの血は?」
「彼女のものではありません」
「じゃあ、誰の血?」
「いや、そこまでは・・・そもそも人間かどうかもわかりませんよ、それは警察の方で調べて頂きたいんですがね」
「あ、失礼しました」
大瀬が小さくお辞儀をする。
「彼女、うちで引き取っていいですか?」
大瀬とは対照的に、徳利がぶしつけに沢井に聞いた。
「大丈夫ですよ、血圧も心音も問題ありませんでしたから、後は・・・」
「心の部分、ですか」
沢井は、椅子に座っていた女から少し距離を置いた。徳利と大瀬もまた、沢井の後を追うように詰め寄った。
「そういうことです、一応問診はしたのですが、返事はおろか、反応がありません」
「反応、ですか」
「ええ、声の応答もないですし、表情も一切変えない、恐らく、発見されるまでの間、大きなショックを受ける出来事があったのではないかと・・・」
「そうか、あの、精神科の先生はなんと・・・」
沢井は、目を大きく見開いた。
「精神科、特に要請は受けてませんけど・・・」
その言葉を聞いて、大瀬の表情が変わった。
「うちの山田からお願いしていませんか?」
「いえ、何も・・・外傷だけ診察してくれと頼まれただけで・・・」
「はあ・・・山田巡査」
大瀬は大きく溜息をついて山田に歩み寄った。
入れ替わるように、徳利が沢井の横についた。
「あの、彼女・・・暴行の跡とかは」
「一応、検査はしました、痕跡はありません、大丈夫でしたよ」
「そうですか、後はうちで調べるので、引き渡しお願いします」
「じゃあ、受付の方で書類を書いてください、後、着ていた衣類があるので、それもお渡ししますね」
沢井が会釈をして立ち去った後、徳利は大瀬のもとに歩み寄った。
大瀬の目の前には直立した山田が、大瀬の叱責を受けていた。
「どういうこと?彼女の様子見たらわかるでしょ?なんで要請しなかったの?」
「はい、とにかく、怪我をしている可能性があったので、とにかく先生に見てもらおうと思って・・・」
「何度も同じ言葉を言わない」
「はい、すみません」
「彼女が診察受けてる間に要請したらいいでしょ?診察中何してたの?」
「はいあの、署に連絡を・・・」
「連絡はすぐ済むでしょ?」
「はい、すみません・・・」
「どうしたんだよ」
「いえ、ちょっと段取りが悪かったので、山田さんを指導しただけです」
「連れて行くぞ、山田巡査、彼女頼む」
「はい・・・さあ立って」
女は、山田に腕を引っ張られるように立ち上がった。それはまるで操り人形が動き始めるような様子であった。その様子に、大瀬も思わず反対に周り、二人で女の両腕を支えた。
「徳利さん」
途切れそうな声で、大瀬が呼びかける。
「どうした?」
「この子、何て呼びます?」
「そうだな、Aさんでいいんじゃないか?」
「Aさん?」
大瀬が思わず噴き出した。
「そうだ、少女Aだ」
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