五、不協和音

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「佐向さん、どうぞ」 南にそう促されると、佐向は慎重に足を踏み入れ周りをぐるりと見回した。 「どうです?何かおかしい所ありますか?」 「いやあ、急に言われても、ここには窓を開け閉めに来るくらいだからなあ・・・」 「ここはどうですか?」 南は入口の横にある本棚を佐向に案内した。 二人が本棚を見ている時、徳利は座卓に目を向けた。 座卓には高校の教科書が何冊か立てられていた。冊子の後ろを見ると(永代通信教育社)という発売元が表記され、名前の枠の中には何も書かれていない。 「おい徳利、見てみろよ」 南は本棚に並べられた冊子類を顎で指した。一通り見ると、ファッション雑誌や高校生向けの参考書などが並べられている。 「これは・・・山形さんが?」 「いや、こんなのは集めてなかったと思うけど・・・」 「誰か同居してた人とかいませんでしたか?」 「こっちの刑事さんにも言ったけど、生前はずっと一人だったと思うよ」 「じゃあ、この本は誰の・・・」 「さあ、気付かなかったなあ、こんなのがあるなんて・・・」 「ちょっと待て」 南がそう言いながら、何回も鼻をすすり始めた。 「何だ、この臭い・・・」 「臭い?・・・ああ・・・」 佐向も一緒に、鼻をすすり始めた。 かすかに、何かが発酵したような酸っぱい臭いが室内を漂っていた。 「何かが腐ってるんじゃないのか?」 南の言葉を合図に、皆が部屋の周りを探り始めた。探し進めるうちに、ある場所に確信を持ち始めた。 「押し入れか、ここしかないな」 南が勢いよく襖を開けると、三人は一瞬顔を背けた。 「・・・・ここだ」 「何の臭いだ・・・?」 徳利が押し入れの中を覗くと、白い袋が何枚か散らばっているのが見えた。 「コンビニの袋か」 袋を引き出すと、僅かに手応えがある。 「中は・・・食べカスだ」 袋の中は菓子パンとおにぎり、弁当の空き容器等がそのまま押し込まれていた。 「じゃあ、臭いはそこから」 「何でこんな所で・・・山田巡査が?」 「いや、これを見ろよ」 徳利は菓子パンの袋に貼ってあるシールを南に見せた。 「賞味期限が先月で切れてる、少なくとも昨日今日で放置したものじゃないな」 「じゃあ、一体誰が・・・・」 「多分、加山京子だろ」 「加山、例の?」 「徳利さん」 徳利が振り返ると、下にいた巡査が二階まで上がってきていた。 「鑑識の捜査、倉庫の方は終了しました」 「わかった・・・佐向さん、今度は倉庫の方にお願いします」 佐向はそう促されると、巡査の後を追うように階段を降り、続いて南も降りて行った。 最後に残った徳利は不意に、本棚の一角に目を奪われた。 一番下段に収められた、背表紙のない真っ赤な本が五冊。 本の存在に引かれつつも、徳利は佐向の後を追った。
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