一、少女A

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香原署の玄関前には、荒木が待機していた。 身元不明の二十歳前後の女性、このワードだけで防犯課はかなり神経質になっていた。 下手に男性署員が取り調べると、正気に戻った時に家族に何て訴えるかわからない。 もしかすると、この状況そのものが女性の仕掛けかもしれない。警察を陥れるための演技、こちらのミスを掴んだ途端、豹変し世間に訴える。今ではそんな騒ぎを動画サイトで披露し、十分な利益を得ることができる。だからこそ油断はできない。 花井は最低限の手筈として、女性署員である荒木を迎えに行かせた、というわけだ。 しばらくすると二台の車が門を通過し、荒木が立ち尽くす場所に止まった。前車の運転席に大瀬、後車の運転席には徳利、後部座席には山田とAが並んで座っていた。 荒木は後ろに回り、Aが座っているドアを開けた。 「お疲れ様、具合はどうですか?」 やはり、荒木の言葉にAは反応しない。 「はい、外に出て」 荒木はAの左腕を抱えるように引き上げた。 Aに続いて奥の座席にいた山田がAの右腕を抑えながら外に出る。 「お疲れ様です」 山田は荒木に敬礼をするため、Aの腕を離した。 その様子見て、大瀬は溜息をつく。 「山田さん、ここでちょっと待ってて、後で送るから」 大瀬が目も合わせずに山田に伝えると、山田に代わってAの右腕を掴み、荒木と二人で支えるような形で署内へと連れて行った。 「どこに行くんですか?」 「花井課長が会議室開けてくれたから、二階に行きましょう」 二階に上がると、無機質な廊下が続き、突き当りに両開きの木製の扉がある。 扉の前には花井が腕を組んで待ち構えていた。 大瀬達が部屋の前につくと、花井は腕を降ろし、会議室の扉を開けた。 室内は奥のボードに向かって長テーブルとパイプ椅子が三脚設置され、この組み合わせが縦に何組もセッティングされていた。 花井は椅子をずらし、大瀬達はAを椅子に座らせた。 「いやあ、ご苦労さん、それで何かわかったかな?」 「御覧の通り、何も話す気配がありません、本人が話す意思がないので、こっちから調べるしかないですね」 「そうか、取り敢えず、少し休憩しよう、この子も保護してから一息ついてないだろうし・・・」 「そうですね、私、カウンセリングの先生と打合せしてきます」 荒木は花井に一礼して退室した。 「じゃあ私も、山田巡査を送ってきます」 「そうか、山田君も同行したか、大瀬君、頼むよ」 大瀬が外へ出ると徳利が後を追った。 「大瀬、俺が行こうか」 「大丈夫ですよ、すぐに戻りますから・・・徳利さん」 「どうした?」 「Aさん、気を付けてくださいね、これも演技かもしれないし」 「え、なんだよ急に・・・不審な点でもあったのか?」 「いや、なんか、普通の雰囲気じゃないんで」 「まあ、ずっと放心状態だしな」 「そういうことじゃなくて、髪とか、化粧とか・・・いや、何でもないです」 「なんだよ、気になるのか?」 「忘れてください、それにしても・・・」 大瀬は扉が閉まった会議室を見つめた。 「・・・生意気な口紅」 「なんか言ったか?」 「いえ、ちょっと行ってきます」 山田は大瀬の指示通り、車の前で直立で待っていた。その姿勢から、山田の職務に対する姿勢は十分に伝わる。 大瀬が入口から出てくると改めて山田は姿勢を正した。 「お待たせ、助手席に乗って」 大瀬に言われ、山田は即座に助手席に回った。
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