一、少女A

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会議室では、徳利と荒木がAカウンセリングを見守っていた。 カウンセラーの高井は、腰を降ろし、Aと同じ視線で話をかけた。 「部屋の温度はどう?寒くない?」 「今日の朝は何を食べたのかな?」 できるだけ、今の状況を意識しない質問を続けたが、Aは一声も上げることはない。 「どうですか?」 徳利の問いかけに反応するように、高井は無言で立ち上がった。 「意図的に黙秘している様子はないですね、保護される前に、彼女自身に大きな精神的苦痛があったのかも、ただ・・・」 「気になることが、あったんですか?」 「こちらから問いかけた時、彼女の表情を見たんです」 「それで?」 「唯一、家族の対する質問をしたとき、一瞬だけ瞼の筋肉が緩んだの」 「どういうことです?」 「つまり、彼女は家族に関する質問を待っていた、しかし、それを答えることができない」 こういう、専門的な知識を持った職業の人間は何故、回りくどい答え方をするのだろう。 徳利の性分から、はっきりしない返事に苛立ちを隠すことはできない。徳利は思わずぶっきらぼうな聞き方をした。 「だから、彼女はどうしたいんです?」 威圧的な徳利の言葉を意に介さず、高井は口を開いた。 「彼女の家族に何かあった、そしてそれを伝えに来たのかも・・・・」 「伝えるって、口を開かなきゃ何もわからねえよ」 殺伐とした空気の中、徳利は乱暴に会議室の扉を開けた。 広大な田園地帯を突っ切るように一台の車が走り抜ける。早く署に戻ねばならないという焦りよりも、以前勤務していた佐取交番に久ぶりに向かっている高揚感が、大瀬の車の速度を早まらせていた。 「交番勤務はもう慣れた?」 「はい、合地君と自分は、相変わらずてんてこ舞いですが、田所班長の指導のおかげでだいぶさまになりました」 「そう、田所班長も元気?」 「はい、来月定年退職されるのが惜しいくらいで・・・」 「そうか、田所さんも定年か・・・」 最後に、迷惑をかけてしまった。汚点が一つもない、誇れる部下として、自分も田所班長の定年を祝いたかった。 佐取交番が近づくにつれ、大瀬の田所に対する謝罪の念は高まっていた。 「だから今、合地君とお祝いを考えてて・・・」 「へえ、そうなんだ、何か渡すの?」 「はい、時計とか、眼鏡とか、サプライズで渡そうと思ってて」 「すごい、気が利くじゃない、喜ぶと思うよ、班長」 「ありがとうございます」 「その気遣いもさ、ちゃんと仕事に向けてよね」 今まで笑顔だった、山田の表情が凍り付く。 「はい?」 「さっき、Aさんを車から降ろした時、山田さん荒木さんに敬礼したでしょ」 「あれは・・・今日、荒木先輩とまだ挨拶してなかったので」 「その時さ、Aさんの腕を離したでしょ、何で離したの?」 「離さないと敬礼が出来ないじゃないですか?」 「その間にAさんが逃げたらどうするの?」 「そんな・・・」 「病院とは状況は違うの、取り調べを受けると知って、咄嗟に逃げるかも知れないでしょ?」 「はい・・・」 「職務は常に予測と判断、徹底しないと・・・」 「すみませんでした・・・大瀬さん」 「どうしたの?」 「田所班長の定年祝い、内緒にしてくださいね」 「・・・わかった」
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