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佐取交番は畑と住宅地の間のような所にある。
道路を境目に、交番側は家々が並び、反対側は田園風景が霞むほど広がる。
昼間は滅多に聞くことのない車の音が佐取交番の前で止まった。
交番の中からいち早く合地巡査が飛び出してきた。
「お疲れ様です、大瀬先輩」
はつらつとした声で挨拶をすると、合地は運転席のドアを開けた。
「お疲れ様、ありがとう合地君」
大瀬はゆっくりと車から降りると、交番を見つめながら大きく深呼吸した。
「合地さん、班長は?」
「奥で報告書を書いてるよ」
大瀬の心情を察して、少し意地悪のつもりで山田が合地に声をかけた。
「失礼します」
大瀬が一声かけた後に交番に入ると、奥から田所が姿を表した。
「おお、久しぶりだな、大瀬」
「ご無沙汰してます、田所班長」
大瀬にとって約一年ぶりに再会した田所は、白髪も目立つようになり、少し瘦せたように見える。
「どうだ、調子の方は、徳利も元気か?」
「はい、徳利さんも元気です、おかげさまで」
「同じ署に勤務しているが、案外会わないもんだな、元気そうで何よりだ」
「はい、防犯課の花井課長にもよくしてもらってます」
「そうか・・・ところで、例の身元不明の子はどうだ?」
「はい、特に外傷はありませんでしたが、何も話してくれませんね、今頃、カウンセリングを受けてるはずです」
「無事に、親元に戻れればいいがな・・・合地が連れてきた時も、何も話さなかったんだよ」
「そうですか・・・じゃあ私、勤務に戻ります」
「おい、久ぶりなんだからお茶でも飲んでけよ」
「そうしたいんですけど、花井課長にもすぐに戻ると言ったので・・・それに早く彼女の身元も調べたいですし・・・」
「うん、実直でよろしい、また遊びに来なさい」
「はい、失礼します」
大瀬は姿勢を正し、田所に対し敬礼をした。
「それじゃ、山田さん、合地君、また」
「お疲れ様です」
大瀬は二人の敬礼を受けた後、足早に車に乗り込む。
車のエンジン音が合図のように、山田が田所に問いかけた。
「大瀬さん、班長とどれくらい一緒だったんですか?」
「ん?確か、三年位になるかな」
「確か、徳利さんも同期で配属になったんですよね」
「ああ、二人共よくここで働いてくれたよ、近所からも評判が良くてな、特に徳利が」
「徳利さんが?信じられないです・・・」
「どうして?彼は好青年だぞ、礼儀正しくて、どんな勤務でも誠実に、真摯に対応していたよ」
「でも、今日一緒にいましたけど、とてもそんな風には・・・」
良い奴だったんだよ、あの日までは。
一年前、佐取交番六月十七日
この日も、天気の良い日であった。
昼下がり、交番の通りには下校途中の児童達が大声を出しながら歩いている。そして交番の前では皆、立番をしている徳利に挨拶をしていた。
(おまわりさん、さようならー)
(おう、さようなら、車に気を付けて帰るんだよ)
連なって挨拶する児童を、机で書類を書いている大瀬は呆れた様子で見つめていた。
(徳利さん、徳利さん)
大瀬に呼ばれた徳利は、児童に向けた笑顔そのままに振り返った。
(どうした、大瀬?)
(早く今朝の報告書まとめてくださいよ、それにしても随分、楽しそうじゃないですか)
(子供が楽しそうにしているんだから、俺達も笑顔で返さなきゃな)
(良い御身分ですね、よかったら代わってくれません?)
(駄目だ、後二十分は下校時間帯だからな)
(はいはい、子供達の挨拶はお任せしますよ)
二人の会話を遮るように、交番内に電子音が鳴り響いた。
(はい、佐取交番・・・はい・・・・ホームセンターサカイ、了解しました)
着信音は外まで響いていた、大瀬の様子を見て、徳利は頭一つ入って覗き込んでいた。
(どうした?)
(ホームセンターで窃盗の連絡です、現行犯みたいですけど、被疑者が暴れているみたいです)
徳利は一つ、深い溜息をついた。
(わかった、行こう)
この日以降、徳利が再び児童と挨拶することがなくなるとは、二人は思ってもいなかっただろう。
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