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参拝者の打つ柏手が本殿に響く。ここはとてもその響きが心地よい。
「聞いたか。ここはよく響くであろう? この山上の宮に柏手が響くと安心する……」
豊受姫命は参拝者を見送り、少し微笑みながらそう言った。
「……私は柏手の音を聞くのが嬉しくてな」
「……はい」
風が神幕を揺らす。
豊受姫命は遠くの空を見ていた。
いや、遠くなのか近くなのか。この宮にいると空の中に混ざるような気もしてくる。
そんな天空の宮にいて、豊受姫命が遠くを見たまま小さく続けた。
「……なぜそれさえ聞かせてもらえない、稲荷がいるのか」
「え……」
「なぜ何もしていないのに、我ら稲荷は怖がられるのか。ここには心を込めて世話をしてくれる宮司もいる。山上なのに毎日参拝する者も多い。ここよりも人が多く住む場所にありながら、なぜ……」
そう呟くと豊受姫命はこちらを見て言った。
「だいたいなぜお前は、そんな嫌われ稲荷のところにあしげく通う?」
「(なぜに自虐的!?)……な、なんででしょう……いつの間にか」
大好きなご神域の事を思い浮かべながら、言葉を続けた。
「清高稲荷大明神さまのところも伏見稲荷も、普通に山で自然で……思っていたのと違ったんです。もっとこう〜 特にこう申し上げては何ですが、伏見稲荷なんて欲まみれみたいな空気かと思っていたら、めっちゃ普通に山で。びっくりして。……気持ちよくて」
豊受姫命は黙って聞いていた。
「こんな場所にいる神様、いい神様に決まってるなって♡」
「……お前には、それを伝えてほしい」
「……え?」
「世の稲荷に対する誤解を、解いてほしいのだ」
山上の宮に、秋へと変化していく風がまた吹き抜けた。
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