第十五話 未来人

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第十五話 未来人

 お昼を過ぎた頃、マリーさんは再び船室に入って来た。  いつも通りの雑談の後、彼女は急に真顔になって訊いてきた。 「真理」 「はい」 「今日は何月何日だかわかる?」 「ええと、飛行機に乗ったのが三月十五日だから、七月の半ば位ですよね」  するとマリーさんは首を振って答えた。 「やっぱりね」 「え?」 「真理。心して聞いてね」 「は、はい」 「今日は三月五日よ」 「三月五日? 何年のですか」 「二〇一九年三月五日よ」 「あのそれ、私まだ日本にいる時間じゃないですか。あ、解りました。それアメリカンジョークですね」 「残念だけど、これはジョークじゃないわ」  と言って、マリーさんはスマホの画面を見せた。  そこには『Tus/march/5th/2019』と表示されていた。  私は訳が分からなくなった。 「それに、百二十日前に旅客機が墜落した事実も無いの」 「え、だって、私は確かに……」 「真理。あなたはタイムディストーションに会った様なの」 「タイム……? 何ですか、それ」 「タイムディストーション。『時間の歪み』とでも訳せばいいのかしら。今までいた時間と全く別の時間に飛ばされる事よ」 「そんな事あるんですか」 「ええ、実はこれまでも何件かそういう事例は報告されてるの」 「でも、聞いた事ないですよ、そんなの」 「そうね。公表されてないから」 「どうしてですか」 「公表されていないのは混乱を避ける為。でも、今までの事例とあなたの証言には共通する点が幾つかあるの」 「共通する点?」 「ええ、先ず強い物理的衝撃を受けた事。旅客機の墜落の瞬間の衝撃と炎がそれね」 「はい」 「それと、飛ばされた瞬間の事は覚えていない」 「はい、確かに」 「飛ばされた後、周りには何も無い」 「はい。海の上でしたから」 「目まいの様なフラフラする感覚がしなかった?」 「ああ、波に酔ったのかと思ってましたが」 「あとは、やたらと性欲が昂ぶらなかったかしら」  私は、洞穴で自慰に耽っていた事を思い出し赤面した。  マリーさんはそれを察した様に言った。 「いいのよ、恥ずかしがらなくても。これもある意味自然現象なんだから」 「は、はい」 「まあ、それらが共通する条件よ」 「でも、トランクケースやテディベアのブクが流れてきたのは? あと、タコの口についていた髪の毛とかは」 「それが旅客機の乗客の物だと断定する根拠はある?」 「あ、そう……ですね」  私は口ごもってしまった。  マリーさんは軽く笑みを浮かべて続けた。 「でも、真理が真実を言っている事は鑑定の結果解ったわ」  私はそれを聞いて少し安心した。  しかし、不安だらけだった。 「じゃ、今の私はこの時間の私じゃないと言う事?」 「何とも言えないわ。ただ『未来人』って事は確かね」  未来人。  聞こえはいいが、自分の気持ちをどう持って行っていいのか判らなかった。  そこで、私は重大な事に気がついた。  ひょっとしたら美香に会えるかも。  いや、旅行をやめさせれば墜落事故に遭わなくて済む。  って言うか、飛行機の出発そのものを止めれば何百人もの命が失われずに済むんだ。  私はマリーさんに詰め寄った。 「でも、マリーさん!」 「ど、どうしたの急に」 「これって大変な事ですよね」 「え?」 「だって、私達は十日後に旅客機が墜落する事を知っているって事ですよ」 「あ、そうね」 「もし、その旅客機の出発を止める事が出来れば、何百人もの命を救えるって事じゃないですか」  マリーさんは少し驚いた表情をした。 「わ、わかったわ。それ上の方に相談してみるわ」 「お願いします」 「じゃ、明日もいろいろ聞くからよろしくね」  マリーさんはまたも女神の微笑みを私に向けて、部屋を出て行った。
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