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第十七話 横須賀
自分は日本に帰れない。
マリーさんにそう告げられてから二日後。
船は横須賀に着いた。
船室の窓から見える建造物。
日本独特のどんよりと曇った空。
本来なら懐かしいと感じるはずのこの景色が、今の私には憂鬱な塊にしか見えなかった。
「お母さん、美香。会いたい」
私はベッドの上で膝を抱えてうなだれていた。
その時、マリーさんが部屋に入って来た。
彼女は私の様子を見て心配そうに聞いてきた。
「真理、今のあなたには酷かも知れないけど、知らせるわ」
私はうなだれたまま返事をせずに聞いた。
「明日の夜、この船はサンディエゴに向かって出航するわ。あなたを乗せてね。そして真理にはアメリカ国籍が与えられる事になったの」
私は俯いたまま
「そうですか」
と無表情に答えた。
マリーさんは続けた。
「悪い情報じゃないと思うんだけど。あなたの新しい人生が始まるって事なのよ」
マリーさんの気遣いは痛い程判っていたが、とてもそんな前向きな気持ちにはなれなかった。
私はただ
「うん」
とだけ答えた。
マリーさんは肩をすくめて
「ご飯はちゃんと食べてね」
とだけ言い残して部屋を出て行った。
「怒らせちゃったかな」
私はマリーさんが座っていた椅子を眺めてつぶやいた。
「明日の夜にはアメリカ行きか。サンディエゴって確かカリフォルニア州だよな」
私は必死にこれからの事を考えようとしたが、すぐに美香の顔が浮かんでくる。
「美香。会いたい」
窓から見える曇天が、ますます私を憂鬱な気持ちにした。
「明日の夕方までか……ん?待てよ」
私はハタと気付いた。
「出してくれないのなら、逃げ出せばいいんだ」
私はすぐに窓を開けて外を見た。
海面までの高さは約三メートル。
岸壁と船の隙間は一メートル以上あるので、飛び込む事は可能だ。
しかし、広い埠頭は隠れる場所がない。
「よし、日が暮れたら逃げ出そう」
私はそう決断し、岸壁の位置と高さ、埠頭の形を頭に叩き込んだ。
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