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第十九話 精神異常者?
アメリカの巡視船から逃げ出し、一目散に埠頭を走った私。
最初に行きいついたのは海浜公園の公衆トイレだった。
特に理由はない。
一番最初に見つけた建物だったからだ。
私はベチャベチャに濡れた制服を絞って、身なりを整え足早に歩き出した。
三月の風は冷たかったが、ジッとしている訳にはいかない。
巡視船の人達はもう、私が逃げ出した事には気づいていいるはずだからだ。
しばらく歩くと京急の駅が見えてきた。
「やった、駅だ」
しかし、私は一銭もお金を持っていない。
「しゃあない。歩くか」
私は『↑鎌倉・藤沢』と書かれた道路標識を見つけ、その方向に歩き出した。
どれ位歩いただろ。
見通しの悪い山道を抜けて、海の見える場所に出た。
逗子海岸だろうか。
時間は深夜だろうし、車の通りも少ない。
いい加減足もクタクタになってきた。
「この辺で休もう」
私は近くの公園の入り組んだ場所にベンチを見つけ、そこに腰を降ろした。
そこなら道を走る車からは見えないと思ったからだ。
何せ相手はアメリカ軍だ。
どこで見ているか解ったもんじゃない。
「あとどれくらいで藤沢に着くのかな」
逗子海岸には以前電車で来た事があるが、実際徒歩でどれくらいかかるかなんて考えた事も無かった。
その時、
公園の駐車場に止めてある車からラジオの音が聞こえて来て、その内容に私はギョッとした。
『臨時ニュースです。横須賀港に停泊中のアメリカ軍の巡視船から精神異常者が一人脱走しました。危険な武器を所持している可能性がありますので、見つけ次第警察に連絡して下さい。特徴は、二十代前半の細身の日本人女性で、身長百六十センチ位。長めの髪で日焼けをしていて、アメリカ海軍の制服を着ています……』
「え?ちょっと、それ私じゃない。精神異常者って何、危険な武器って何。見つけ次第警察にって、私お尋ね者になってるの?」
冗談じゃないよ、
と私は呟き、着ている制服の上着を脱ぎ捨て、足早にその公園を後にした。
私は車のヘッドライトに照らされない様に歩道の隅っこを選んで歩き、急ぎ足で藤沢に向かって歩いていた。
私の横を走る車が時々減速をして通り過ぎる事があった。あの臨時ニュースを聞いた人が私を怪しんで見ているのかも知れない。
しかし、上着は脱ぎ捨たので海軍の制服とは判らないかも知れないが、三月の寒空にTシャツ一枚というのはいささか不自然だ。
だから私はなるべく急いだ。
特にコンビニやガソリンスタンドなどの防犯カメラがありそうな場所は絶対に顔を上げない様に注意した。
寒さと飢えと渇きで、段々と惨めな気持ちになって来た。
「私、何も悪い事してないのに……」
涙が出そうになった。
向こうに見える江ノ島の灯りが段々と大きくなってくる。
それだけが唯一の心の支えだった。
「何だかあの時に似てるな」
私は波間にプカプカと浮かんで、岩を目指して泳いだ時の事を思い出していた。
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