晴天

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晴天

この日をどれだけ待ち望んでいたか…… 彼は今日、ついに卒業する。 「蜂谷くん、卒業おめでとうございます。3年間どうでしたか?」 形式上、堅苦しいお決まりの挨拶をしているがその実、僕はすぐにでも彼に抱きつきたかった。 でもそれはちゃんと卒業式を終え、学校から出るまでは我慢だ。 「すっげー楽しかった!こんなバカできる友達も出来たしな!」 蜂谷くんはいつものあの笑顔で微笑んだ。 「バカってなんだよ!ひっでー!」 「あっはは、わかってるって!こんな事出来んのお前くらいだっての!」 高校から仲良くなった彼と漫才のように話す蜂谷くんは年相応そのものだった。 僕が蜂谷くんをちゃんと知ったのは高校2年生の時。 当時、僕が副担任を受け持つクラスに蜂谷くんがいた。最初は手のかかる問題児だったけど、根気強く向き合ったら懐かれた。でもそれが不思議と嬉しくて、初めて恋だと自覚したんだ。 「ーーるちゃん……おーい、なるちゃん聞いてる?」 「あ、え!?ごめん、ボーっとしちゃってた」 思わず自分の世界にトリップしていた事に名前を呼ばれて気がついた。 ふと時計を見ると事前確認の集合時間になっていた。 「ほらほら、こんな所で油売ってないで事前確認行っておいで」 2人を促す。 「へーい」 「なるちゃんまた後でな!」 誰も居なくなった教室はガラリと静まりかえっていた。 黒板は担任の僕に宛てたメッセージで埋め尽くされていた。 一つ一つ眺めていると一際大きく汚い字で『やっと夢が叶うぜ!なるちゃんありがとな!8』と書かれているのに気がついた。8と言うのは蜂谷くんの簡単なサインだ。 夢が叶う……その言葉が意味する事はすぐに分かった。 互いに確かめあった夢。 【一緒に暮らそう】これが蜂谷くんと僕の夢だ。高校を卒業したら同棲する夢というか約束に近いものだった。 たかが2年だったけどそれなりに濃い2年だった。 色んな思い出が走馬灯のように流れて、気がついたら僕は泣いていた。 一緒に過ごした2年間、共に頑張った受験、秘密のデートをした修学旅行、学祭の買い出しと称して一緒に出かけたりもした。保健室や屋上でこっそりキスしたこともある。校内、校外共に蜂谷くんとの思い出がたくさんある。 卒業したら学校で合うことも無くなる。一緒に暮らすのだから何時でも会えると言うのに、なんでだか少し悲しい気持ちになってしまう。 「せっかくの門出なのに、僕がこんなんじゃダメだよねっ」 涙をふいて、頬をペチンと叩いて気合いを入れ直す。 今日、彼は立派に巣立って行く姿を見せてくれるはずだ。 念願叶う、卒業の日。笑顔で彼を送り出すのが僕の、担任としての最後の仕事だ。 窓の外を見れば、卒業式に相応しい晴天だった。 《終》
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