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神さまにお願いしたら⁉︎
わたし、諫早花音(いさはや かのん)は、名前に思い切り負けてる普通女子。地元の女子高を出て、特に目的も無くなんとなくそこそこの地元の大学に入って、それなりの成績でもうすぐ3年に。就職活動しなきゃだけど、どこと言って取り柄がなくて、やりたいこともない。そんな自分を持て余してるというのが本音。
唯一楽しみにしていたアルバイトも、コロナでカフェが無期限休業になってしまった。申し訳無さそうに謝る店長に何も言えず、最後のバイト代を手渡しで貰った。その帰り道、ふと目に付いたのが、古びた神社だった。
「こんなところに神社なんてあったかな…?」
毎日通る道なのに、今まで気付かなかったとは、自分のぼんやりにも驚く。小さな神社なのに、鳥居が3つもある。それが普通かどうかもわからない。1つ目の赤い鳥居を潜った時はなんともなかった。だが、2つ目の石の鳥居を潜った時、小さな異変を感じた。一瞬世界が薄暗くなった気がして、立ち止まる。
「あれ…?」
周囲を見回してみるが、特に変わったところはない。少し歩く速度を落としてみる。冬が近づいているせいか、冷たい風が頬を撫でて行く。
ゆっくり歩くうち、3つ目の、真っ黒な鉄の鳥居を潜っていた。
「……⁉︎」
その時、鋭い金属音が耳に刺さった。あまりの衝撃によろめいたほどだった。一瞬下を向いて地面に視線を落とす。深呼吸して前を向き直すと、すぐ目の前に急な階段があった。見上げると階段の上に神社の建物がある。よくある鈴緒が下がっているのが見える。
「こんな…距離感だったっけ?」
鉄の鳥居を潜った時は、これほど近くに階段や建物があった印象はなかった。まるで近づいてきているみたいだ、と思った瞬間、ゾクっと背筋が寒くなった。心臓がドクン、と音を立てて打ち始める。何かが始まろうとしているのか?進んではいけないのかもしれない。
だが、次の瞬間には、足は前に踏み出していた。自分の中にこれほど強い好奇心があるとは、今まで知らなかった。さっきより早足で、急な階段を上り始める。何がこの先にあるのか、一刻も早く知りたかった。なぜだかわからないが、激しい焦燥感に煽り立てられて、建物の前に立っていた。
正面の木の格子のはまった扉は開いていて、奥に直径30cmほどの丸い鏡が見える。覗き込もうとしても、影になっていて何も映ってはいなかった。
キョロキョロと辺りを見回して、誰もいないのを確かめると、そっと建物の入り口に膝を突いて、奥を覗き込む。電気が付いていないせいで、昼間なのに暗くて、中に鏡以外何があるのかはわからない。薄暗がりの中で、鏡だけがぼんやりと仄白く浮かび上がっていた。中の様子を確かめたくて、首を伸ばしたり、身体を捻ったりしていた。
そのとき。
「ー!」
何が起きたのかわからないまま、建物の中に倒れ込んでいた。不自然な姿勢で覗き込んでいたので、うっかりバランスを崩したのだろう。建物の中は畳が敷かれていた。畳で滑ったようだった。
「いたた…」ジーンズの中の膝を擦りむいたかもしれない。痺れるような痛みを堪えて、膝でいざって鏡に近づこうとする。
そのとき。
先ほどの鋭い金属音がまた耳を切り裂いた。今度は一度だけでなく、何度も立て続けに、金属音が鳴り続ける。
「耳が…壊れるっ…!」
耳を塞いでも、音は鳴り続ける。呼吸が苦しくなってくる。頭の中で金属音が鳴り響き、強烈な頭痛と鋭い吐き気が襲ってくる。奥歯を噛み締めながら落ち着こうとするが、あまりのことにパニックになって、何もできない。床に頭を擦り付けるようにしながら、少しでも痛みと不快感を押しのけようと必死になる。
(これは…なんなの?何が起きてるの?誰か助けて…)
そのとき、生まれて初めて、こんな言葉が口を突いて出た。
「神さま…神さま、お願いします…助けて…」
その瞬間、ふっと何者かに頭を触られた気がした。
リン!
鈴の鳴る音がして、一陣の風が吹き抜けた。突風が全てを薙ぎ払ったかのように、次の瞬間にはあの金属音は止んでいた。
ホッとすると同時に、全身の力が抜け、目の前がブラックアウトするのをどうすることもできなかった。
私、諫早花音はあの時の不思議な経験をいまだに消化できずにいる。一瞬で音が止み、意識を失った、はずだった。が、はたと気がつくと、自分がいた場所はあの建物の中ではなく、なんと鳥居の外だった。しかも、普通に立っていたのだ。
あれは一体なんだったのだろう?考えれば考えるほどわからなくなる。
私は相変わらず、ほどほどの人生を過ごす大学生だが、あの一件以来、ひとつだけ変化したことがある。
ふとした拍子にリン!と鋭く鈴の音が聞こえる時があるのだ。そう、あの時のように。
何も変わっていないような私の人生は、何かが変わってしまったのかもしれない。
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