自分の心を何処かに落とした少女の話

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少女の心は、酷く疲れて、やつれ果てていた。 少女は、ついこの間まで、実に幸福な家庭で育っていた。母親は専業主婦として立派に家を守り、少女にたくさんの愛情を注いでくれていた。父親は仕事が忙しいのか、あまり家には居なかったが、少女の誕生日やクリスマスには側に居て、家族みんなで楽しめる時間を作ってくれていた。小学二年生の時に貰った大人が使うような絵の具のセットは少女の宝物だった。色の無くなった絵の具を買い足して貰いながら、少女は絵画教室に通って、大好きな絵を書き続けていた。 そんな絵に描いたような幸福は、唐突に終わりを告げた。買い物帰りの母親が、不慮の事故で亡くなった。即死で、ちゃんとしたお別れさえできなかった。 何も考えられない内に、お葬式は終わって、父親と二人の暮らしが始まった。父親は相変わらず仕事が忙しいのか、家には居てくれず、少女は殆ど一人で暮らしているような状態になった。 少女の母親は、少女にしっかりと家事を仕込んでくれていたから、料理も洗濯も掃除も、少女はそれなりにできた。父親も、お金は置いていってくれていたから、自分で必要なものを買うことも、少女はちゃんとできた。しかし、いきなり家族の一人を喪い、一人の時間が増えたことは、まだ小学四年生の少女の心には、大層堪えることだった。 学校と絵画教室は、楽しかった。少女は明るく朗らかで気の優しい娘だったから、友人がたくさんいた。明るく笑って過ごしていれば、皆、少女を大切にしてくれるし、少女自身も心が安らいだ。しかし、それ以外では、少女は一人だった。学校の授業が終わった放課後に一緒に遊ぶ友人ももちろんいたが、結局は皆、家に帰ってしまう。 父親は仕事が忙しく、出張などもあるのか、家に帰ってこない時も多かった。少女は一人で夕飯を用意して、一人で食べて、一人で夜を過ごすのだ。今までは、母親が側に居て、共に過ごしていたのに。週に一度、学校が休みの日に通い続けている絵画教室で大好きな絵を描いて帰ったって、褒めてくれる母親は、もう居ない。少女は、毎日泣いて過ごしていた。 少女は、学校と絵画教室が終わるのが、嫌だった。そんな合図のような夕方を告げる夕焼けも、大嫌いだった。そのまま一人で過ごす夜は、もっと嫌いだった。ずっと、お日様が出ていればいいのに。 幼い子供が、家で一人で過ごす。特段、珍しいことでは、ないのかもしれない。そんな子供は、少女の他にも、少なからずいるのだろう。だが、今まで確かにあったものが、突然無くなってしまった。そんな落差は、少女の心を、確実に蝕んだ。 もういっそ、心が無ければ、こんな寂しくて、悲しい思いをしなくて済むのに。 そう、思ったのが、いけなかったのかもしれない。
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