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【初デート(圭介side➀)】
「遂にここまでこぎ着けたぞ…」
目的地である鉄道館の最寄り駅改札前に立ち、圭介は感無量といった様子で手を握り締めた。
ようやく念願叶って彼女とのデートを実現するところまで来たのだ。
最愛の彼女である白洲京香は『モブキャラに徹したい』と宣言するほどの慎ましい(?)女の子なので、良い意味でも悪い意味でも目立つ圭介との恋人関係を隠し通すことを希望している。
もちろん圭介としても可愛い彼女の希望を全力で叶えてやりたいのはやまやまなのだが、付き合い始めると欲が出てくるもので徐々にデートに対する憧れが大きくなっていた。
実は恋愛に興味のない頃の圭介はデートというものの意義について疑問を抱いていた。
なぜカップルはわざわざ混む時期に混む場所に足を運んだり、人前でイチャイチャしてはキャッキャウフフしたりしているのか。どうしても謎だった。
しかし今ならわかる。
(めっちゃ外でイチャイチャしてぇーーー彼女見せびらかしてぇーーーー!!!)
デートとなれば普段とは違う京香が見られるかもしれないという期待も膨らみ、それが決定打となって圭介は京香をデートに誘う決意をした。
まずは極力高校生が出没しなそうな場所を探さなければならない。
ネットで様々なジャンルのデートコースを調べたが、サイトに載っていたのは皆が行くような定番スポットばかりで求めていた答えはなかった。そもそもネットに載るくらいなのだから当然だ。他校生といえどSNSにアップされてしまえば終わりだが、せめて自分の通う高校の生徒に遭遇せず楽しめる場所はないだろうか。
ここは困ったときの祐樹様ということで、圭介は早速自宅から友人の祐樹に電話を入れた。
『もしもし?こんな夜に電話なんて珍しいな圭介』
スマホをいじっていたのか1コールですぐに祐樹が電話に出た。
「祐樹悪いな急に。今大丈夫か?」
『ああ。Sさん関連か?デートでも行くのか?』
「いや、ホントこえーからそれ!わかってても察して言わないでくれよ!」
いつものように心を見透かされ圭介は思わず大声を出してしまった。
隣の部屋の京香に聞かれていないかと向こうの部屋が見えるわけがないのに壁を確認した。
しかしなぜ祐樹は毎回自分の悩み事をすぐ見抜いてしまうのだろうか。
自分がわかりやすいのか祐樹が鋭すぎるのか。どっちだ。
『まどろっこしいのが嫌いなんだよ俺は』
「う…スマン。その、デート行く場所に悩んでて…」
とすぐ本題を切り出し経緯を説明する。
祐樹はふむふむとツッコミを入れることなく最後まで聞いてくれた。
『ふーん。それは確かに難しい問題だな』
「色々調べてみたけどやっぱりどこも誰かはいそうなんだよなぁ」
『高校生は金なし車なし時間なしだからな。ここはそんな都会でもないし当然行先は被るわな』
「何もないところに行ってもつまらないと思われるかもしれないし…」
『そうだ。お前ら一人暮らしだろ?門限ないじゃないか。あえて夜遅くに行くのはどうだ。周りに人もいなくて二人きりになれるかもしれないぞ』
「それも考えたんだけど…俺の理性が持つか…」
『ああ…それは保証できないな…』
これまで圭介本人から聞いてきた限りでは理性の堤防は既にほぼ決壊しているような気がしてならない祐樹だったが、それを言及するとめんどくさくなりそうなので伏せておいた。
「それに彼女は真面目だから補導なんかされたらショック受けちゃうだろうし」
『ふっ』
とここで祐樹が軽くふき出した。
「え?何?笑った?」
『いや、お前が彼女のことをそこまで真剣に考えてるのがなんかおかしくて…』
「おまっ!それ失礼だろ!考えるわそら!嫌われたくないし!」
『ふーーーーん。そうかそうか。あの圭介がなぁ…まぁいいや。じゃあ若いやつが行きそうにない場所を考えてみたらどうだ。例えば…そうだな。寺とか』
「おお、それはいいかも!」
圭介たちの住む街に観光が出来るような大きな寺社はないが、少し遠出をすればいくつか回れそうなところはある。
『じーさんばーさんが行くところかファミリー層向けが穴場かもな』
「祐樹はマジなんなの?天才なの?」
『だからお前に言われても嫌みにしか聞こえねーから』
実家の歯科医院を継ぐ予定の祐樹も校内での偏差値は十分に高く、バレー部なだけあって身長もあり顔も整っているハイスペック男子なのだが、そんな祐樹からしても圭介の存在は規格外だ。
たまに圭介をサイボーグか何かなんじゃないかと疑っているときもある。
逆に圭介にとって祐樹は自分に気後れすることなく話してくれる貴重な存在であり、かつ恋愛相談が出来る唯一の相手だ。
特に恋愛相談において祐樹は、いちいち的確なアドバイスをくれる圭介の中での“恋愛マスター”でもある。
いつもありがとうマスター。
圭介は祐樹と出し合った案をまとめ、京香の反応によって目的地を取捨選択することにした。
『もう大丈夫か?』
「ああ、悪いないつも。助かったよ」
本当に頼りになる。祐樹は自分でこれまで3人の彼女と付き合ったことがあると言っていたが、圭介はもっと経験があるのではないかと思っている。なぜ今彼女がいないのかも不思議なくらいだ。
『気にするな。俺は正直面白いから』
「そうだよな!明らかに面白がってるよな!でもありがとう!」
素直に御礼を言ったつもりなのに電話口で祐樹にケラケラと笑われた。
『あ、そうだ。言おうと思ってたんだけど』
祐樹が何かを思い出したようで話を振って来た。
「どうした?」
『お前学校でSさんを目で追ってるから気を付けろよ』
「は!!!???」
祐樹の衝撃発言に圭介の声が2回転くらい裏返った。心臓が止まるかと思った。
『おい。声でけーよ』
「あ、スマン。…てかマジで??」
動揺して声が震える。まさか…対象がバレて…
『ああ。1年の女子だろ。いつも髪結んでる』
「ああああああああああああああああああ………」
圭介がスマホを持っていない手で頭を抱えた。全くの無意識だった。マズい。本当に気を付けなければ。でも、だって、可愛いんだから見てしまうのは仕方なくないか。あれ俺の彼女なんだぜ。
「こ、このことは何卒内密に…」
『それは勿論いいけど…てかもうバレてんだから紹介しろよ。喋ってみたい』
祐樹は予想通りのさほど目立つ容姿でもない京香がどんな子なのかと純粋に興味を抱いているようだった。
「…くっ……まだ…ダメだ」
『まだ?まだってなんだよ。いつならいいんだ』
「彼女が俺以外の男を見れなくなるくらい骨抜きにしてからじゃないと…」
『こえーよお前!!!』
圭介が言い切る前に食い気味でツッコまれた。
「だってお前みたいなイケメンに会わせたら京香が惚れちゃうかもしれないじゃないか!」
『アホか!お前が言うな!!つか名前!』
「あああああ!!!!しまったぁーーー!!!」
祐樹はこのアホで迂闊で残念な友人を心から不憫に思った。
この見た目でこの頭脳でどうして彼女に対して自信を持てないのか。
圭介に二物どころか三物も四物も与えた神も、恋愛スキルまでは授けてはくれなかったようだ。
絶対に自分以外の人間に恋愛相談をするなと祐樹に念を押され圭介は電話を切った。
そんなことを注意されずともそもそも祐樹以外に恋愛相談を出来るような友人は圭介にはいないのだが。
だからこそ暴走気味らしい自分を諫めてくれる祐樹の存在は本当に有難かった。
*************
京香との夕食時。
圭介は満を持して京香をデートに誘った。
わかっていたことだが京香はとんでもない拒否反応を示した。
しかしここは想定の範囲内。
…と余裕をかましてみたものの拒絶の程度は想像以上でそこそこ凹んだ。
少しの間考え込んだ後、京香はやはり誰かに見られてしまうことを懸念し困ったような表情を見せた。
これも想定していたことだ。
最終的に妥協点に着地させるため、まずは遠方へ行くことを提案してみた。
それに対し京香は金銭的問題と泊りはNGだと断りを入れてきた。
(チッ)
あわよくばと思っていた圭介の期待は打ち砕かれた。
次に「うちの学校の生徒が来なさそうなとこ行かない?」と尋ねてみると、京香が興味を示した。
良い反応だ。やはり誰にも会わない、というのが必要かつ最低条件らしい。
圭介がどこに連れて行こうとしているのか当てようと京香は考えを巡らし始めた。
圭介はそんな京香を微笑ましく眺めていた。
(京香も絶対行きたいんじゃんこれ)
デートに対して意外と前向きな京香の態度に嬉しくなり、先ほど負った圭介の傷は完全に癒えた。
どうやら京香は目的地が希望条件に一致するところなのだろうと信じてくれているようなので、デート場所は当日まで伝えないでおこうと決めた。
二人して全く興味のない分野よりは、と目的地は自分の好きな鉄道の博物館はどうだろうかと圭介は考えた。
自分に都合の良い考えかもしれないが、勉強好きな京香なら仮に電車が好きでなくとも興味深く見てくれそうだと思ったのだ。
それに微妙に遠いのも良い。皆途中の乗換の巨大ターミナル駅で降りて買い物などに向かい、わざわざ乗り換えてまで鉄道館に来ないはずだ。
が…少し不安になり、京香が好きではないかも、と保険を掛けてしまった。
すると京香が
「そんなことはないですよ。場所はわからないですけど先輩といたらどこでも楽しいだろうし…」
と、さも当然であるかのように言ってくれた。
京香は気付いていないようだったが圭介はしばし呆然とする程感動していた。
こういうことを面と向かって言ってくれるところも好きだなぁと圭介は改めて京香への想いを募らせた。
************
そしてデート当日の日曜日。
お出掛け日和とまではいかなくともなんとか雨も降らず、薄曇りの空が広がっていた。
圭介は京香より先にアパートを出て目的地に向かった。
実は前日の土曜日に下見済だったので2日連続の鉄道館だ。
毎週土曜日の家庭教師もシステム開発のバイトも別の日に変更してもらい、わざわざ下見の時間を作ったのだ。
1人で鉄道館内を何周もして京香が飽きないようにと全ての車両の豆知識を頭に叩き込んだ。
駅の改札前でそわそわしているとホームから階段を下りてくる京香を見つけた。
(うっわ…めっちゃかわええ…)
京香はいつも髪を結んでいるが今日はハーフアップで髪を半分下ろしており、それだけでイメージが大分違っていた。
ロングスカートを履いているのも初めて見た。可愛い。
というかそもそも部屋着以外の私服をあまりちゃんと見たことがない。
圭介に気付いて近寄って来た京香はほんのり化粧もしているようで、さらに男心がくすぐられた。
(これはもしかして、もしかしなくても…俺の為か…?)
本人に聞いたわけではなく勝手に想像しているだけなのだが、圭介は嬉しくて叫びそうになったところをぐっと堪える。
ただにやけ顔は隠せず酔っているのかと京香に突っ込まれ、正直に京香が可愛いからだと理由を言った。
京香はそれに恥ずかしがりつつ圭介のことも褒めてくれた。
好きな子に「素敵です」等と言われ圭介も照れてしどろもどろになってしまった。
バカップルの茶番を終え、圭介は京香の手を取り歩き出す。
京香と手を繋ぐと手の温かさが心地よく何より安心する。
誰かに見られたときのリスクを最小限に抑える為には手を繋がない方が良いに決まっているのだが、圭介はこれだけは譲れなかった。
京香が嫌がったら土下座をしてでもお願いするつもりでいた。
しかし京香の様子を横目で伺うと心なしか嬉しそうな表情をしていた。
同じ気持ちでいてくれたらいいな、と心の底から思った。
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