神在月の恋結び

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

神在月の恋結び

 神様、お願いします。  どうか今日こそ、彼女の隣になれますようにーー。 「いや、お前が神様だろ」  机の上で両手の掌を組み合わせるようにして、祈りを捧げていたその頭上から、無情な声がかけられる。わたしは目を閉じ、頭を下げた姿勢のまま、言葉を返した。 「神様は祈っちゃいけないっていうのか?」 「そんな決まりは無いと思うが、ダダ漏れだぞ、心の声が」  以心伝心。読心術を持つ我々神々の中で、声に出さない祈りなど無意味だということは分かっている。だからこそわたしは、この言葉にならないささやかな祈りが、彼女にやんわりと届くことを祈っているのだ。もしくは縁結びを執り行う神々に。 「それ怖くね? 告白なら、ちゃんと声を出して本人に伝えろよ」 「告白などではない。会議後の宴で、同じ席になれたら良いなと思っているだけだ」 「まあ、八百万の神がいる中、席グループ分けのくじ引きで意中の相手と同じになるのは中々な倍率だからな。そういや、今年の飲み会は一次会までだってな。聞いた?」 「何故だ?」 「コロナだろ」 「……なぜ人間界で流行りの感染症が、我々の宴に干渉する?」 「飲み会嫌いな若手の幹事が適当にかこつけたんだろ」  適当にもほどがある。これで、彼女と同じ席になれる確率が半分に減ったではないか。そんなことを考えていると、急速に場が静まっていく。前方の大きなディスプレイに、『ご静聴ください』と大きく表示されていた。いつのまにか隣に腰掛けていた男神が、小声で言った。 「お、大國主大神(おおくにぬしのおおかみ)の登場だ」  我らが父神、大國主大神様は、壇上のステージにどこからともなく現れた。格好は毎年変わるのだが、今年は黒のスーツに黒のサングラスでばっちり決めている。黒いスタンドマイクを片手で握る。 「お集まりの紳士&淑女のみなさま(レディースアンドジェントルメン)……おっと、これは人間界ではもう古かったか。流行りの多様性(ダイバーシティ)というやつだな。まあ、良い。皆さん、一年ぶりにこの出雲の地にお集まりいただきありがとう」  おおーという歓声が上がりかけたが、ディスプレイには大きく『お静かに(マスクの絵)』と書かれている。尻すぼみに声が消えていく。 「今回の会議は二千と何回目だったかな。まあ、良い。早速、会議に入ろう。前置きは言い飽きたし、会議は短いに越したことはない。定時前に仕事を終わらせて飲みに行きたいからな。ちなみに今年の飲み会は一次会までらしいから、二次会は任意参加だ。有志は俺に続け」  おお、っという声がちらほら上がった。取り巻きたちや兄神達だろう。彼らは父神が飲みつぶれるまで付き合うという使命、もしくは義務がある。大國主大神は、それらに頷いてから、指し棒を取り出した。 「さて。まず最初はこの少女」  ディスプレイには、十代の少女。なにも書かれてはいないが、説明は不要だ。我々は、見ただけで彼女の名前や年齢、住所がわかる。出雲大社の大きなしめ縄の下で手を合わせている彼女は、同じクラスの田中くんと両思いになれますように、と言った。大國主大神は指し棒でディスプレイを叩く。 「両思いになるに賛成の柱!」  大勢の神々が手を挙げる。 「両思いに反対の柱!」  これまた多くの神々が手を挙げる。一見してどちらが多いかわからなかったが、父神は深く頷いた。 「賛成多数で、両思いとする。来年は、佐藤と田中は恋人同士だ」  宣言を聞いて、大きな拍手が上がる。別に両思いにならなくても拍手は上がるが、最初の一人の縁が成れば今年の幸先は良い。 「と、いうわけで」  大國主大神がいうと、あちらこちらから大きなスクリーンが出現する。大きな箱も数多く出て来る。 「こーんな感じで一億人分やってたら日が暮れるどころか年が暮れるので、地域毎に分かれて、恋結びは阿弥陀籤(あみだくじ)。母子の縁は籤引き(くじびき)。友人の縁や商売の縁は、千本引きで決めようではないか。例年通り、皆のものよろしゅう」  神様、ありがとうございます。  我々は見間違いなどしないが、見間違いでなければ遠くに見えるあの席が私の席。そしてその隣に座っているのが彼女だ。わたしはくじ引きでなんと、彼女の隣を引き当てたのだ。三度目の正直、どころか、五百二十度目の正直。  手に籤の紙を握りしめ、いそいそと席へと向かう。 「ん?」  なぜか私の席と彼女の席の間に、五名ほど座れそうなくらいの空間がある。近くを通りかかったのは、朝、話をした男神。 「お、彼女の隣になれたのか。良かったな」 「なぜこんなに遠い?」 「ソーシャルディスタンスだろ」 「わたしと彼女の間だけ?」 「お前のささやかな祈りが彼女に届いたんだろ」 「ん?」  ささやかな祈りは彼女に届いた。そして今、彼女の気持ちが、私に向けた背中を見るだけで手にとるようにわかる。読心術というものは、こんなに涙の味のする術だっただろうか。  ああ、神様。どうかお願い。  せめて阿弥陀籤の先には誰かの名前を書いておいてくださいね。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!