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海に還る
令和3年4月9日夜
神奈川県.江ノ島海岸
腕時計を見ると19時を過ぎていて辺りはすっかり暗くなっていた。夏に海水浴に来る人々で賑わう江ノ島海岸も、まだ春のこの時間帯は誰もいない。
私、園崎いずみ(19)はそんな場所で命を終わらせようとしていた。
「…子供の頃、よくここで泳いだっけ」
懐かしい。
暗くてよく見えないけど、それでも子供の頃に嗅いでいた潮のにおいとさざ波の音が、楽にあの頃を懐古させた。子供の頃、私は神奈川の藤沢市に住んでいたのである。
でも両親の離婚がきっかけで私は母親に引き取られ、母はその後に東京で知り合った屑の男と再婚。私は家に帰りたくない日々が続き、…でもそののち男は少女への猥褻罪で逮捕。
母は私を連れて実家のある田舎へ身を寄せ、癒えない傷とお金の事で頭を悩ませ、…私が働きだして一年後に自殺。
つまり私は後追い自殺をしようとしていた。
別に死に方なんて首吊りでも何でもいい。
でもどうせ死ぬなら楽しかった故郷へ、想い出の海に身を沈めようと思った。だから人目を避けて此処へ来た。
「…………よし」
私は靴を脱いで、あの頃と違う顔を持った不気味なくらい真っ黒な海に足を踏み入れる。
刺すような冷たさと見えない恐怖に若干怯むが、震える自身を振り切るように掻き進む。
すると波は簡単にこの身を浚った(さらった)。
体の自由がきかなくなり今まで味わったことのない苦しみが私を襲う。
そして暗い暗い海の中へと沈み、やがて意識は遠のいていった…。
そう、すべては海に回帰する―――…。
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