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行きつくお店は「赤提灯」というラーメン屋。
文字通り、店先に赤提灯を吊るしているという店で、そこそこ美味しい。
ただ、店内は本当に狭い。
「へい、らっしゃい!」
中に入ると、威勢の良い芯の通った声が聞こえてくる。
店の中はカウンター席が五つとテーブル席二つ。壁には年季の入ったメニューの札と煤汚れた壁や、調理器具が目に入る。
店員はヒグマみたいな大男のオジサンで、顎髭がトレード。気さくでいい人で、良くサービスもしてくれる。
カウンター席が丁度横に並んで二つ空いていたので、圭介と並んで座る。
オジサンはお冷と湯気の立つおしぼりを差し出してくれる。
「今日はどうする? いつもので良いか?」
私たちはうなづいた。
すでに『いつもの』で通っているのがなんか複雑な気持ち。
店の熱気と周囲の麺をすする音が心地よい。
雰囲気に浸っていると、早々にオジサンが両手に丼をもって現れる。
「あい、こっちの兄ちゃんは醤油ラーメン普通盛り。それで、こっちのお姉ちゃんは味噌ラーメン、もやし、コーン、麺特盛のトッピング卵」
ああ! これ! 待ってた!
私の目の前に盛り上がる、もやしとコーンと麺のタワー。その頂上に乗っかるゆで卵。大盛すぎて下のスープが見えないぐらい。
「毎回思うけど、お前よく食えるなその量」
「女の子はデザートとラーメンは別腹って言うのよ」
「絶対言わねぇから」
近くに立ててある割り箸の束から一膳拝借。そしてそのまま山と化したもやしとコーンと麺の山に突き刺し、一気に掻きこむ。
ああ、やっぱりここの味噌ラーメン最高。
食べる速度を落とすことなく山を制覇していく。急がないと、麺がスープを吸ってしまうからね。
「何だ、今日は意外と元気あるな」
私と対照的にゆっくりと麺をすする圭介が口を開く。
「まぁ、もう馴れたわよ。でも、今日は上手く行ったと確信してたんだけどなぁ」
「その根拠は?」
「ラブレターの出来栄え。書いてて絶対イケるって思った」
これまで書いた中でも五本の指に入る出来栄えだった。
考えるよりも、手が勝手に動き、ペンが止まらなかった。
今度こそ、と思った物も結局無駄になった。
「まぁ、残念だったな。次はいつになるか」
「次はね、明日」
麺を詰まらせたのか、大きく咳込む圭介。水を一気に流し込んで、一息ついてこっちを見る。
「明日? 何? お前もう好きな人いるの?」
「違う、違う! 実は、今日帰る前にこんなのが下駄箱にあったの!」
ポケットから折りたたまれた便箋を取り出す。
それの内容は『好きです、放課後校舎裏で待ってる』ぐらいの簡素な文章だったけれど、紛れもないラブレターだった。
それを見た圭介はへぇ、と一言。感心しているようにも見えた。
「なるほど、今日元気があったのはコレがあったからか」
「まぁ、否定はできないかな」
「あれ? この差出人の冴島って・・・・・・」
「あ、気づいた? そう、あの冴島君なんだよ!」
同じ中学二年生の冴島(さえじま)亮(りょう)君。
サッカー部のエースで、甘いルックスとモデルみたいな長身の二枚目。スポーツできて、顔もいい。
「遠い存在と思ってたのに、まさか向こうからお誘い来るなんて」
びっくりした。今日、もちろん片岡君の告白が成功していたのなら丁重にお断りする予定だったけど、こうなったら冴島君と一緒に付き合う事になるわね!
「ねぇ、どう思う? 圭介?」
真剣な面持ちで便箋を圭介は見てた。
どこかそれは、苛ついているような感じにも見えた。
持っていた便箋を折りたたんで、私につき返してくる。
「綾音、その話やめといた方がいい」
「え! なんでそんな事いうの?」
「冴島の奴、確か彼女居たはずだ。なのにこんな手紙送ってくるのおかしいだろ」
「という事は、彼女いないんじゃない? あ、もしかして冴島君みたいなカッコいい男子に告白されるのに嫉妬してる?」
からかったのに、反応が圭介から返ってこなかった。
呆れた。そんな心配してる圭介に。
「言っとくけど、私は絶対行くからね」
残った麺を掻きこんで、スープを飲み干す。
座ったままの圭介を置いて、私は店を出た。
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