2.オンリーワン

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2.オンリーワン

あの日、会議室の外で倫理委員会の審議の順番待ちをしていたら、急に大声が聞こえてきてびっくりした。 「いつまで“前例がない”なんて、糞みたいな理由を振りかざしてるんです。患者さんにきちんと説明して、承諾も頂いているんですよ?なのに、何でこんな所でストップをかけられなきゃいけないんですか。前例なんて、作るんですよ。そうでしょう?じゃなきゃ、何も変わらない。何も進まないじゃないですか。」 「まあまあ、若林先生、落ち着いて。我々としては、慎重に慎重を重ねて審議したいだけなんですよ。患者さんの大切なお命が懸かってますからね。」 「ええ、その患者さんが大切なお命を預けても良いと言って下さってるんです。」 「まあねえ、はやる気持ちもわからないではないですよ。珍しい症例に新しい術式で挑まれたい、というのは。外科の先生方が大好きな要素が揃ってますからね。それに、成功すれば、注目間違いなしの論文が作成できるし、先生の評判もさらに上がるでしょうからな。」 揶揄するような笑いが起こった。そして、机を叩く音がそれに続いた。 「バカにするな。お前らそれでも医者か。」 そしてものすごい勢いで扉が開いて、燃えるような黒い瞳の大柄な男が出てきた。一瞬、ほんの一瞬目が合った。その刹那に、この人の情熱を受け止めたい、私にはそれが出来ると思った。同類だから。大股で立ち去るその大きな背中を見つめ続けた。 会議室の中からは、 「やれやれ。毎度のことですなあ。ちょっと外科の先生方、若林先生を何とかしてくださいよ。」 「若林先生の言われることにも一理あると、僕たちには思えますが。」 穏やかだけどよく通る声が聞こえてきた。 「君島先生、困りますねえ。外科のエース自らそんなことを言われては。」 そしてまた申し合わせたような笑い声が聞こえてきた。 「まあねえ、この件は審議続行ということで。」 「そうですね、また近日中に会議を開きましょう。」 「ですが、外科はスピード勝負のところもありますので、何とか迅速に承認を頂けないでしょうか。」 またエースの声が聞こえてくる。 「そう言われてもねえ。まあ、じゃあ我々の疑問点を列挙して送りますから、それに回答を頂いて、それいかん、というのでどうでしょう、先生方?」 「ああ、そうですね。まあ、こちらとしても患者さんファーストですから。」 「勿論、そうですよ。外科の皆さんは、どうも勘違いされているふしがありますけどね。患者ファーストが外科の専売特許みたいに。」 「いえ、決してそんなことはありません。では、お忙しい中、恐縮ですが、先ほどおっしゃった疑問点の列挙よろしくお願いいたします。今日中に私宛に送ってくだされば、明日午後にはご返答できると思いますので。」 あっぱれ、と私は心の中で手を叩いていた。さすがエースのエースたるゆえんだわね。この人か、オペ王子と呼ばれて久しい人は。あのスーパー水木と人気を二分するドクター。病院では随分騒がれているみたいで、うちの学生たちも臨床実習に行くと、必ずこのどちらかのドクターの名前を口にする。
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