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16.行け、さらえ
さすがにオペ着は大学じゃ目立つか。どうも注目されている気がする。
院内で見られるのは慣れているが、大学生たちにはなあ。意外に照れくさいもんだな。
今朝電話したら、丁度林さんがいて、
「お待ちしておりました。やっと決意が固まったんだね。今日はいつでもどうぞ。」
と言ってくれたから、オペが終わり次第やってきた。もう少し見てくれを構うべきだったか。白衣くらい羽織ってくれば良かった。ともかく早く会いたくて、そればかり思っていたからな。まず林さんの研究室をノックする。
「おお、超久しぶりのオペ着姿。写真撮っていい?さすがだねえ、そのオーラ感。」
どうやら“超”をつけて喋ってみたいらしい。
「いや、ちょっ、勘弁。」
「あはあ、照れてるところも胸キュンだわ。はい、にっこりして。」
俺の抵抗なんてものともせず、林さんはさっさとシャッターを押した。全く。胸キュンじゃねえし。
「うわあ、若林くんってこんなに写真うつり良かったっけ?苦味ばしってる大人の男みたいに見える。」
「あのね、何か失礼だよ。」
「あら、そう?」
全然俺の言う事なんて注意を払っていない。
「で、来たんでしょ。彼女のところに。大丈夫?」
「何が?」
「意外に緊張しいだから。」
「俺が?」
「うん、そう。だから超人なみの意志力なんだと思ってね、若林くんが次々と難しいオペを成功させる時に発動されるのは。」
ほら、また超を使ってる。
「緊張なんて朝飯に食ってるよ。」
「アハハ、よく言うわ。今度オペ前に手洗いしてる時、鏡で顔見てごらんよ。強張ってるから。きゃはは。」
きゃははって。参るな、本当に。
「どう、喋ってたら少しは緊張ほぐれた?絶対絶対、竹林を幸せにしてね。頼むよ、統括部長。」
どうも、林さんは、統括部長と言えば俺に気合が入ると思ってる節がある。それとも自分に気合を入れてんのか?
「え、ああうん。」
「これでも飲んでく?」
そう言って手に栄養ドリンクが渡される。
「へ?」
「いや、ほら、やっぱりファイトかなと思って。」
「君の方がよほど緊張してない?」
「うん、そうかも。なんか息子がいちかばちかプロポーズしてみる時の母親、みたいな?」
「いちかばちかって。」
「飲まないの、それ?じゃあ私に頂戴。」
そう言って彼女はあっという間に俺からドリンクを奪い返し、腰に手をあてて一気飲みした。何で林さんが飲んでんだ?
「ああ、力がみなぎってくる。よし、大丈夫、勇気出して行っておいで。万一ダメだったら肩貸すからさ。」
俺よりずっと小柄なくせに、肩をそびやかしてみせる。
「おお、ありがとう。心強いわ。」
「今、絶対在室だから。さっき確かめといた。今日はもう帰れるはずだよ。」
「帰れるって、まだ2時だけど。」
「いいのよ、そんなの。若林くんは無理なの?オペとか外来とかカンファとかあんの?」
詰め寄られてる。
「ええと、オペも外来もないけど。金曜じゃないから院内カンファもなし。」
「当直は?」
「入ってない。」
「イエーイ。」
なぜかハイタッチをされる。林さんはジャンプしないと俺の手に届かないけど。
「任せた。行け、さらえ、若林。」
そして敬礼して彼女は俺を研究室から押し出した。
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