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3.高嶺対不落
その日から、私は調べられることは、何でも若林先生について調べた。
うちの教授の林先生にも聞いた。林先生はさっぱりしていておおらかで、理想の上司だ。ただ何でもかんでも興味の赴くままに仕事を引き受けるので、いつでも多忙。最近、ようやく断るということを学んだらしい。でも私は大好き。その林先生は、確か若林先生とは同年代のはずだし、臨床も長かったから、科は違っても何か知ってるかもしれない。そう思って訊いてみた。
「へ、若林くん?これまたどういう風の吹き回し?」
「この間、倫理委員会の順番待ちをしていたら、前の会議で怒声が聞こえて、それが若林先生だったので、どんな方かなあ、と。」
あっはっは、とさも愉快そうに林先生は笑った。
「若林くん、噂には聞いてたけど変わらないねえ。さすがだわ。」
「変わらないんですか?」
「うん、そう。私たち、病院で同期なの。まあ、あっちはアメリカ帰りだったから、7歳も年上だったけど。研修医も終了してたしね。」
「アメリカなんですか?」
「そう、彼にはピッタリだよね。確かお父さんの仕事の都合で、小学校からずっとあっちよ。で、そのままメディカルスクール出て、レジデンシ―3年かな、やって、日本に戻ってきたの。普通はその後専門領域のフェローやるでしょ?そしたらもうバリバリなのに。でも、帰ってきたんだよね。」
「でも、アメリカの医師免許じゃ、日本では働けないですよね、確か。」
「そう、そこで伝説が生まれたんだって。向こうで研修医やってる間に、こっちの国家試験受けて合格したっていう武勇伝。」
「へえ、すごいですね。」
「うん、すごい。だから疎まれてねえ、上から。よく衝突して、院長から呼び出しくらってたわ。」
「その頃から。」
「そうなの、でもさあ衝突の原因が患者さんの治療方針ってことが殆どで、若林くんが最新の知見で彼の技術レベルでやろうとして、上が保身に走ってストップをかけると。」
「保身って。」
「うん。もしくはやっかみ?自分たちが出来ないから。若林くんのレベルは抜きんでたからねえ。速いし、正確だし、美しい。オペ室のナースたちが感嘆してたわ。」
私は、若林先生があの大柄な身体で器用にメスやクーパーを操って、美しい術野を展開していく様を想像した。
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