3.高嶺対不落

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「でもさ、」 突然話が戻ってきた。 「若林くんは落ちないよ。それも有名な話。」 「落ちない?」 「うん。ともかく彼の信条は、最高の医療で患者さんを救う、ってことでしょ。だから、言ってることが至極まともで、しかもそれを遂行できる腕があるから、ナースは惚れちゃう。ナースだけでなくて女医さんたちもね。で、わりと簡単に付き合い始めるんだけど、絶対に落ちないんだって。」 「その場合の落ちるって何でしょう?付き合いはするんですよね。」 「うん、私もそう思って友達に聞いたんだけど。」 とうとう林先生は新しいコーヒーをセットし始めた。長く話しているから、喉が渇いたらしい。 「確かに楽しい時間は過ごせるし、スマートにエスコートもしてくれるんだけど。ほら、そこはアメリカ仕込みだから。」 「ああ。」 「だけど、そこから先が無いんだってさ。絶対に深くならない。いや、身体的にはなるんだろうけど。」 「身体的って。」 私は笑った。 「ああ、私たちのくせだよね。なんか生理学の教科書みたいな話し方になっちゃう。あはは。」 そこで新しいコーヒーをつぎ、先生は一気に飲もうとした。 「あつっ。」 舌を出して冷やしている。キュートです。 「ああ、つい話に夢中になっちゃった。舌が痛いー。私、よく火傷するんだよね。息子たちにも、母さん、落ち着いて飲めよって言われるんだけど。あれ?私、どこまで話したっけ?」 「身体的に、のところまで。」 「そうそう、佳境だったんだ、だからつい。いや、それでね、何度デートしてもそこ止まりで、将来の話とか一切無いんだって。挙句、どうも本人的にはその状態を“恋人関係”とは思ってないらしくて。」 「デートして、身体的にも深くなってですか?」 「うん。一回、聞いちゃった子がいるらしいのよ、そういう風になったから『私たち、恋人同士ですよね?』みたいなさ。」 「あちゃー。」 「だよね、まさに、あちゃー。」 「で?」 「そしたら若林くん、ちょっと考えて『いや。』って短くさ。」 「いや?」 「うん。で、その子はパニックになっちゃって聞きつのっちゃって。」 「ああ、泥沼。」 「うん、ほんとに。でも最後まで若林くんは否定しかしなくて。結局、その子は翌日その話を広めまくり、女子たちは同情して余計話を流すみたいなね。」 「ああ、最悪。ほんとめんどくさいですよね。」 「そうだった、竹林先生は“高嶺(たかね)の花”だもんね。病院でも有名なくらい。自分から追っかけたことないって、評判だし。」 「ただ相手が見つからないだけですよ。」 「くーっ。羨ましい、死ぬまでに一回そういうの言ってみたいなあ。」 そこで、林先生は、今度は少しふうふう息を吹きかけてから、ゴクリとコーヒーを飲んだ。 「で、若林先生はその渦中、どうされてたんですか?」 「どうも。なんも。淡々と仕事していたらしいよ。で、そこがクールだと、また別の女が引き寄せられて無限のループ状態。」 「無限のループって。先生、おかしすぎます。」 「竹林先生、」 林先生は、そのキラキラ光る楽しそうな瞳をすがめながら、 「高嶺(たかね)不落(ふらく)の闘い、楽しみにしてるね。随時、報告よろしく。」 と言った。全部バレてた。
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