4.麻1

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病院玄関で待ち合わせた。つい呼吸器外来のある三階を見上げてしまう。この間まで何でもなかった場所なのに。 「今日は朝イチからオペだって。進行性、ステージIIIa。」 後ろから肩をポンと叩かれる。 「麻。」 もう何年も見てきたこの親友の笑顔。温かくて心強い笑顔だ。 「事前学習すでにバッチリみたいね。」 「あはは、そうだね。さあ、行こうよ。」 「うん、どこにする?」 「私お腹すいちゃって、ぶうちゃんはどう?」 「あんた、私が恋愛話するって知っててのチョイス、それ。」 「あはは。いや大阪城には案外似合わない、とんかつ?」 「…似合う。よし、とんかつ行こう。」 麻といるとまるで大学時代みたいだ。私たちは違うグループだったけど、麻とは妙にウマが合った。すっきりとして意志の強い綺麗な麻。彼女といると、まるで自分がアクの強い食虫花にでもなった気がしたものだ。ジャングルの奥深くにひっそり咲く毒々しい花。 ぶうちゃんは空いていて、隅の席が取れた。ここなら落ち着いて話が出来る。早速麻が口火を切った。 「さてと、咲夜がまず言ったことは、若林の三訓。新人研修で一発目に叩き込まれるんだってさ。」 「三訓?武将か。」 「だよねえ。笑える。でもさすがなこと言ってるよ。いい、行くよ。『患者さんを尊重しろ、命を救え、自分の腕で勝負しろ』だって。惚れない?」 「惚れる。」 「で、恐ろしいのは一年目からガンガンORに放り込んで、実践積ませるらしい。しかも第一助手とかでだよ。」 「ええっ、それは一年目にとっては酷なんじゃ。」 「うん。それで二年目がぐっと減るんだって、呼吸器外科。なかなか人数が増えないって咲夜が嘆いてた。」 「それはお気の毒に。」 「でもね、咲夜はすごく嬉しかったみたいだよ。一年目から色々経験積ませてもらえて。ORで『やってみろ。一生逃げ回るつもりか?何かあったら俺がリカバーしてやる、俺を信じろ。』って言ってもらえて。これまたいちいちカッコよくない?」 「うん、すごく。やっぱり惚れるなあ。」 「でも、ほんとに、美紗?それで三人衆切ったの?」 「うん。」 「美沙と大阪城って、どこかに接点あったっけ?」 私は倫理委員会での出来事を話した。 「ああ、それはまた大阪城らしい…」 「麻、大阪城ってもはや符丁?」 「うん、いいでしょ、我ながら。」 そしてちょっと得意げに鼻先を上げて見せる、我が親友は。 「城っていうのが、また似合ってるような。どうなんだろう?」 「合ってる合ってる。天守閣から顔のぞかせてそうだもん。」 私たちは大笑いした。 ヒレカツ定食が二人前届いた。ぶうちゃんの箸袋が相変わらず可愛い。バックにはぶうちゃんソングが途切れもせず流れ続けている。二人とも早速大盛のキャベツに特製ドレッシングをかける。揃いも揃ってベジタブルファーストだ。笑える。 「で、次に咲夜が言ったことは、」 「うん。」 「アクが強い。」 盛大に笑った。そうだろう、その通りだ。 「だから、呼吸器外科はバランスがとれてるらしいよ。アクの強い大阪城と清流のような君島くんで。」 「ああ、君島先生にも会ったよ。ほんと端正だった。」 私は君島先生の見事なバックアップのことも話した。 「ああ、良いよね、彼は。本当にそういう人だもの。」 「麻、なんだかよく知ってるみたいだね、君島先生のこと。」 「ああ、うんちょっとね。昔一緒に患児を診てたから。」 「ふうん…」 「でも話は大阪城のことでしょ?清流のことじゃなくて。」 「それはそうなんだけど。」 おかしいな、麻の感じが少し揺らいだような気がしたんだけど。何だろう? 「それから、大阪城について行ける腕前は君島くんだけらしい。あのスピードにまず皆さじを投げるらしいよ。咲夜も指名されて何度か第一助手をやるんだけど、その前の晩はいつもより更に念入りにシミュレーションやってるもの。」 「オペもアクが強いのか。」 「あはは。美しいらしいけどね、でも残念ながら速すぎて、それを感じる時間があまり無いっていう。」 「上から見学したいなあ。」 「そうだね。バリバリだよね。統括部長になった今でも、当直最低週一は入るらしいし。緊急オペとかもガンガンやるらしいし。」 「ああ、やってそうだよね。でも現場はもう少し大人しくしといて欲しそう。」 「まさに。落ち着け、大阪城、みたいなね。」 また私たちは笑った。食事もほぼ終わりかけで、時計を見た。 「麻、ヤバいよ、私たち30分も経ってない。」 「げっ、まずいよねえ、この職業病的な。」 「うん、45分は最低でも経ったかと思ったけど。」 「だよね、あ、でもさ、じゃあカフェ行けそうじゃない?」 「うん、行こう行こう。院内のは避けて、川沿いのテラスでどう?」 「良いねえ。」
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