15人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
「……あ? 引っ越し?」
「うん」
久しぶりに並んで歩いても、落ち着かなくて、ろくに話せない。
そんな、小学校からの帰り道。影が伸びる夕暮れの下、楓は由梨から初めて聞かされた。「あたし、遠くへ引っ越すんだ」と。
「今度の日曜なんだけどね」
「今度の日曜って……え? あともう一週間もねーじゃん……」
「うん。こっちに戻ってこれるかわからないから、もう会えなくなるかも」
何だよそれ。嘘だろ。聞いてねーよ。寂しい。そんなの、嫌だ。
わき上がる想いが、あまのじゃくな楓にそっぽを向かせた。
「ふ、ふーん……まあ、別に? 由梨が遠くに行ったって、俺には何も関係ねーし?」
こんな場面でも悪態をつく幼なじみに呆れたのだろう。由梨の口から、「はぁぁぁぁ」と長いため息が漏れた。
「冷たいなぁ。楓は。十年近くも一緒にいたのに……寂しいとか言ってくれないの?」
「ばっ、ばっかじゃねーのっ! んなこと言うわけねーだろっ!」
「あんた、ほんと昔っから可愛げないよね。あーあ。楓も蛍君くらい可愛かったらよかったのに」
「は……? 蛍?」
「そ。うちのクラスの蛍君。あの子すっごい可愛いじゃん。楓なんかとは大違いっ」
「……あっそっ。だったら転校する前に、アイツに告白でも何でもすればいーだろっ!!」
腹の底からそう叫んで、楓は走った。帰る方向に、ではない。由梨と歩いて来た道を、ものすごい速さで引き返す。
蛍。背が小さくて、昼休みによく虫を捕まえて笑っている、ぱっちりとした瞳とおうとつの少ない丸みのある頬で作られた男子。
──由梨は、あいつが好きなのか。
「……っくそっ!!」
込み上げる苛立ちに身を任せ、楓は目に入った紫の花をブチブチと引きちぎった。
最初のコメントを投稿しよう!