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「危ないから、そこから降りて」
「ほら、花火きれいだね」
「花火…?」
ガシャンという音と同時に足に痛みが走る。
何か踏んだ、ガラスだ。
痛みはあるのに頭は働かず声も出ない。
履いていた厚手の靴下にも、床に散った服にも血が滲む。
割れた、注射器だった。
見慣れた光景であるが毎度言葉を失う。
普段は嫌なことがあってもへらへら笑い、何も考えてない顔を見せるのに、勘だけは誰よりも鋭くて、どんな場所に隠しても警察犬のように鼻が利く。
顔を上げると傷つく僕を一瞥もせず、彼女は空を見上げている。
星すら輝かぬ冬空に痩けた両腕を広げ、
ひどいクマのできた目を輝かせ、
開けきった窓へ身を乗り出す。
「花火なんて、久しぶりに見たね」
ああ、本当に笑顔は一級品だ。
そう穏やかな気持ちさえ出た瞬間、ぐらりと彼女のバランスが崩れ窓から落ちそうになった。
あっ。どちらともとれぬ声が響く。
時間がゆっくりと流れる。
腕を伸ばしたが、焦りはない。
数秒のことなのにたくさんの考えが頭を巡り始めた。
骨と皮だけになった彼女の身体を抱きしめるのが正解なのか、僕にはもうわからなくなっていたのかもしれない。
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