母が平和を守るから

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母が平和を守るから

書斎にこもってパソコンに向き合っていると、がちゃりと玄関のドアが開く音がした。 書斎、と言っても使っていない一部屋に机とパソコン、あとは本棚やダイエット器具などが置いてある、ありていに言えば物置だ。その物置のドアを開けて、「お母さん、ただいま」と茜が顔を出す。 「あら、お帰り、アカネちゃん。ねぇねぇ見て見て。この俳優さんカッコいいよねぇ」 美津子はお皿に出したチョコレートをつまみながらグフフ…と笑う。部屋着にしている大型量販店のフリースが、すっかり板についてしまっている。 パソコンの画面に今流行りのドラマの広告が流れているのを見た茜はすっかり呆れた顔をしている。 「お母さんさぁ、ずっと家に居るんだしそんなにお菓子食べてたら太るよ」 ただでさえ小柄でぽっちゃりした体形なのだ。これ以上太ったらだるまみたいになってしまう。 「えー、だってー、お菓子がおいしい季節なんだもん」 (なんだもん、じゃないよ。もう40代も後半でしょうが。)と、茜の心の声が聞こえてくる気がする。 美津子は目がクリッとしていていつもにこにこしているから、体形と合わせて小動物的な可愛さがある。歳に似合わない言動も、ご愛嬌と言えないこともない。 「お母さんさ、私とかお父さんが学校や会社に行ってる間、ずっと何してるわけ?」 「うーん、お掃除、とか?パソコン触ったり、とか?」 美津子の夫は新橋にある結構大手の会社に勤めているけれど、毎日定時で帰ってきてはよくご飯を作ったりもしてくれる。洗濯も夫の担当だ。そして一家が住むのは世田谷区にある小奇麗なタワーマンション。つまり、夫は仕事もこなして家事も担当し収入もそこそこあるというスーパーサラリーマン。見た目は普通のおじさんだけど、それでも美津子には勿体ないほどの旦那さんに思える。 茜は美津子のチョコレートを横取りして口に放り込む。 「お母さんさぁ、そんなんじゃお父さんに愛想つかされちゃうよ?」 「えーそうかな?ダイエットしたほうがいいかなぁ」と美津子は言うけれど、大して危機感を持っていないのが丸見えだ。 「そうだよー」と答えながら、茜はスマホを持って自分の部屋に引き上げる。 「スマホ、ほどほどにね。もう受験生なんだから」と美津子は声をかけて、視線をパソコンに戻した。 素早くアカウントを切り替えながら、「7時になったら夜ご飯にするねー」と茜に呼びかけた。
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