母が平和を守るから

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美津子はとんかつを揚げながら、くしゃんっと大きなくしゃみをした。 テレビを見ていた茜が「お母さん、大丈夫?」と気遣ってくれる。 「大丈夫~。誰か噂してるのかしら、デヘヘ」 「どっかのイケメンだといいねー」と茜は返して、しみじみと母のずんぐりむっくりした後ろ姿を見つめる。 いつものんびりとしておっちょこちょいな母だが、一度だけその瞳に恐ろしいほどの怒りの炎が燃えるのを見たことがある。小学校で茜を目の敵にしていた女の子が裏サイトに茜の悪口を散々書き込んだ時だ。特に茜が何をしたわけでもなかったのだけれど、あの子が好きだった男の子が茜のことを好きだった、とかそんなしょうもない理由だったと思う。 結局あの子はどうなったんだっけな。いつの間にか転校してしまった気がする。母はあの時、毎日泣いている茜の近くで怒りを滾らせていた。特になにか解決してくれたわけではなかったけれど、少なくとも近くで自分のために怒ってくれる人がいるというのは茜にとって大きな救いだったのだ。 茜はなんだか嬉しくなって「平和な日常が一番だよねぇ」と母の背中に向けて言った。台所に立っている美津子の目がきらり、と力強く輝く。一瞬、少女と見紛う程に生命力にあふれた華やかな表情がその顔をよぎるけれど、背を向けているので茜がそれを目撃することはなかった。美津子はすぐに頬を緩めて「そりゃそうでしょー。家庭の平和は母(はは)が守る!なんちゃってー」と、振り返っていつもの母の顔で笑ってみせた。        ---完---
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