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 休みを貰ったものの、結局部屋には一人で取り残されてしまった。蓮は休日だというのにどうしても浚っておきたいことがあるから、と朝早くに出かけてしまった。また、仲間と一緒らしい。起きたときには既に蓮の姿はなくて、それもメッセージで知っただけだったから確実なことは分からない。 「とか言って、浮気だったりしてな」  つーかそっちが本気だったりして、と風吹は笑った。一人きりの部屋にその笑い声は大きく響いた。空しかった。  体を投げ出すようにソファに沈み込むと、風吹はため息を零した。せっかく貰った休みも、相手がいないんじゃ解決なんて出来ない。  どうしようもないな、と天井を見上げたとき、テーブルに放っていたスマホが着信を告げた。風吹は慌ててそれを手に取る。 『風吹? 今日休みか?』 「航生か……」 『俺じゃ不満か?』 「別に」 『美味い日本酒が手に入ったんだけど、飲まねえ?』  航生はいつもの調子で聞く。沈んだ風吹の声は聞いているはずなのに、こうやって普通に振舞えるのは、航生だからなのだろう。 「そうだな……いいかも」 『じゃあ、そっち行くよ。土屋は? 居るのか?』 「いない。いつ帰ってくるんだかも知らん」  乱暴に答えると、航生は電話の向こうで一瞬笑った。けれどすぐに、まあいいや、と言葉を返す。 『とりあえず行くよ』  それに返事をしてから風吹は電話を切った。  風吹が乱暴に電話を切ってから一時間ほどで、航生と紅音が部屋に来た。二人ともこの部屋に入るのは初めてで、特に紅音は興味津々の様子だ。 「ね、ベッドルーム見てもいい?」  一通りリビングを見渡した紅音が、キッチンでコーヒーを淹れる風吹に聞く。 「いいけど、今日掃除してない」 「いいよ、そのくらい」  紅音は歌うように答えると軽い足取りで寝室のドアを開けた。 「……いいのか? 風吹」  コーヒーを持って、航生の落ち着くソファに近づくと、彼は眉根を寄せて小さく聞いた。 「別に、やましいものはないよ。そもそも、このところベッドは一人で使ってばっかだし」  風吹はそう言うと、テーブルを挟んだ向こう側の床に座り込んだ。 「一人って? 家に戻ってないのか? 土屋」 「いや。帰ってるはずだよ。ただ、顔を合わせてない。俺、夜勤もあるし」  なるほどな、と航生がコーヒーに手を伸ばしたところで、紅音が戻ってきた。 「キレイに使ってるじゃない。やっぱりいいね、白のリネン。汚れ目立つからどうしようかなって思ってんだけど、見ちゃうとやっぱり欲しくなる」  紅音は航生の隣に座ると、どうしようか、とフィアンセに笑いかけた。航生は、好きにしていいよ、と微笑む。  その距離が羨ましくて、風吹は二人から目を逸らした。 「なあ、風吹」  しばらく二人で新居の話をしていたのに、航生はふいに風吹を呼んだ。見ていたテレビから目を離し、何、と答える。 「何があった? 風吹らしくないぞ、今日」 「そんなことない」 「あるよ。楽天家のお前が、あんな投げやりな態度とるなんて、姫と何かあったとしか思えないね」  航生の勘は鋭い。特に付き合いの長い風吹に関しては、もしかしたら本人よりもわかっているのでは、と思うほどだ。 「アイツとは……何もないよ」 「なさすぎるってことか?」 「いや……仕事でな、ちょっとでかいミスして……航生、前に言ってただろ? 自分も楽しくないと続かないって。やっと意味がわかったっていうか」 「仕事、辛いの? 風吹」  紅音が心配そうに口を挟んだ。それに緩く首を振る。 「楽しくないって、思ってた。こんな仕事、パイロットに比べたらやりがいもないし、単調でつまらないって思ってた。でも、そのせいで昨日、ミスしたんだ。バカにしてた仕事でミスしたなんて、こっちがバカだって話だよ。頭っから氷水被った気分だった」  風吹が言うと、航生は一度頷いて笑った。 「目、醒めたか?」 「一気にね」  風吹が笑うと、心配そうに紅音が口を開いた。 「続けられるの? 仕事。パイロット……また目指さないの? だって、一度は受かったんでしょ? だったら、他で採用されるかもしれないじゃない」  その言葉に、航生がその名を呼んで咎めた。航生はどれだけの後悔と逡巡を重ねて風吹がこの道を選んだのか知っている。掘り返すようなことを言うな、と言いたいのだろう。 「確かに後悔してるよ。時々夢に出る。でも……」  風吹がそこまで口にした時だった。リビングのドアの向こう側で何かが落下するような音が響いた。驚いて風吹が立ち上がり、そのドアに近づく。航生と紅音が見守る中、そのドアを開くとそこには蓮が立っていた。足元にはカバンが落ちている。 「……蓮……?」 「ごめん、俺……表で二人の車見て、驚かせようとか思って……ごめん! 少し時間ちょうだい!」  蓮はそれだけ言うと、きびすを返し玄関へと後戻りしていった。ドアが強い音を立てて閉まる。 「蓮!」  名前を呼ぶけれど立ったままの風吹に、航生が後ろから、行けよ、と声をかける。 「留守番しててやるから、居場所がわからなくなる前に行ってやれよ」  振り返ると、紅音も笑って頷いている。風吹は、じゃあ頼む、と蓮の後を追った。
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