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 シャワーのコックを捻り、お湯を止めた風吹は、再び手首についた蓮の唇の痕を見つめ一人微笑んだ。 『また、付けておくね。次は絶対消えないうちにしようね』  そう言う蓮が可愛くて、次どころかすぐに二回目をしてしまった。  風吹は、自分もまだ若いな、なんて思いながら、上機嫌で着替えてリビングへと戻った。リビングのソファには蓮が座っていて、背もたれの上から蓮を抱きしめると、その顔が振り返って微笑む。けれど、手にはスマホ、膝にはノートパソコンが乗っていて少し忙しそうだ。風吹は蓮を離し、その隣へと腰を下ろした。  聞こえる会話から、相手は紅音のようで、どうやら今日のことを心配して電話してきたらしい。 「うん、ありがと。また具体的になったら連絡して」  じゃあね、と蓮が電話を切る。風吹はそれをきっかけに、ノートパソコンの画面を覗き込んだ。教会のホームページが開かれている。 「ここで航生たち式挙げるのか?」 「うん。俺たちもね」 「……俺、たち?」  聞き返すと、蓮が眉を下げる。 「嫌? 俺と永遠誓うの」 「いや、そうじゃないけど……ちょっと突然で」  風吹が素直に言うと、そうだよね、と蓮は頷いた。 「俺は、紅音ちゃんから話されて、もう半年以上前からそういう気持ちで居たけど、風吹は今日初めてだもんね」 「何? なんか企んでたのは知ってたけど……」 「この教会ね、一日借り切ることが出来るんだって。別に式を挙げるためじゃなくても借りられるらしくて……それで紅音ちゃんたちの式が終わったら、俺たちも一緒にやらないかって」  どう? と蓮が風吹を見上げる。風吹はその目を見てから、パソコン画面に視線をずらした。白亜の壁に、金色の十字架が掲げられ、ステンドグラスを通した様々な色の光が床を彩っている。紅音は勿論、蓮も好きそうな場所だった。 「あ、勿論、人前式だよ。紅音ちゃんたちが証人。紅音ちゃん、俺が幸せにならないと自分も式挙げないって言うんだよね」 「もうそれは、既に脅迫だな」  蓮の言葉に、風吹が笑う。蓮も、だよね、と微笑んだ。 「お前が、何か区切りを付けたいって言うなら、異論はないよ。でも、少しだけ時間くれないか?」  風吹が教会の写真を見ながら聞くと、蓮は慌てて頷いた。 「勿論、いいよ。俺たちは別に……いつだっていいし、むしろそんなことしなくても……」  段々と声に元気がなくなる蓮に、風吹は笑った。その肩に腕を廻して抱き寄せる。 「違くて。あと一ヶ月でもいいんだ。要るだろ? ココに嵌めるもの」  蓮の左手を取り、薬指を指先で撫でる。蓮がバネみたいに顔を上げた。 「くれるの? 指輪」 「そりゃ、結婚するなら要るだろ。せっかくやるなら、タキシードでも着ちゃう?」  おどけたように言うと蓮が、ふふ、と笑った。 「俺はいいけど、風吹のタキシードは見てみたい。絶対似合うよ」 「蓮はタキシードっていうより、ドレスだな」  風吹の言葉に蓮は唇を尖らせたがそれも一瞬、すぐに笑い出す。 「ジーンズで行っちゃおうか」 「俺たちなら、それがちょうどいいかもな」  二人で笑い合い、示し合わせるように顔を近づけキスをする。好きだよ、と囁けば、あんなに不安で切なかったことも、きれいさっぱり流れてしまうのだった。  翌日は早朝からの勤務だったが、風吹の顔つきは晴れやかだった。体中に溜まっていた不安やストレスが一気に溶けたのだから見た目も変わってくる。 「遠藤、なんかさっぱりしたな」  朝のターミナルを歩く風吹に、後ろから声が掛かる。藤波だった。 「はい。おかげさまで、色々解決しました」 「そっか。どうりで前より男前になったわけだ」  藤波は笑いながら、風吹の肩に腕を廻した。ちょうどそこへ、出勤してきたであろう蓮が通りかかる。朝、巡回経路を聞いてきたので、多分意図的なのだろう。少ない時間でも会いたいのは、風吹も同じだった。目が合った。けれど隣に例の研修生が居たため、風吹はどうすることも出来ず視線を泳がせる。 「おはよう、風吹」  一方の蓮は、隣など気にせずに風吹に笑いかけた。戸惑いながら風吹は蓮に視線を向ける。 「あ、うん……はよ」  風吹が曖昧に答えると、蓮の隣の男が、知り合い? と華やかに表情を変えた。蓮は穏やかに頷く。風吹の隣でも藤波が、知り合いか、と聞いた。 「はい、一緒に暮らしてるんです」  蓮はひとつの淀みもなく言い切る。藤波は、ルームシェアか、と合点したようだが、蓮の隣は違うらしい。同性同士のカップルが日常存在していた専大を出ていて風吹を好みと言う男なのだから、一緒に暮らすという意味は、同棲とすぐに察したのだろう。その顔はひどく驚いていた。 「今日、早いんだよね? 夕飯、間に合うように帰るから」 「ああ、なんか作って待ってるよ」 「うん、ありがと。あ、それから……」  蓮は笑顔で頷いてから、そっと風吹に近づいた。耳元に唇を寄せる。 「あんまりベタベタ触らせないで」  それだけ言うと、蓮はすっと体を離した。 「あ、いや、そういうんじゃ……」  慌てる風吹に、わかってるよ、と蓮が笑う。 「信じてるもん。じゃあ、俺、行くね」  歩き出した蓮を風吹は見送る。しばらく行ったところで、蓮、と呼び止めた。やっぱり自分も言わなきゃいけない。不確かだった二人の未来に少しずつ光が射すように。それを蓮が感じてくれるように。 「紅音に、給料日過ぎたらいつでもいいって、伝えて。今度、一緒に買いに行こう」  言いながら、風吹は右手の指でリングを作り、左手薬指に嵌める仕草をする。一瞬、泣きそうな顔をした蓮が笑顔になって、大きく頷いた。 「誰か結婚でもするのか? まさか、お前?」  風吹を解放した藤波がにやにやと笑いながら風吹の手元を見る。 「はい。近いうちに」 「例の彼女とか?」  今目の前にいたヤツだと言いたいのを我慢して、風吹は頷いた。 「恋人が、望んだので」  風吹は遠くなる蓮の後姿を見つめながら微笑む。 「あー、そう。じゃあ、今日はいつもの倍働け。幸せなヤツは奉仕する義務がある」  藤波の言葉に風吹は笑って頷くと、いつものようにターミナルを歩き出した。
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