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 瞳を射す太陽の光が日に日に強くなってきた頃、エアパイロット専門大学では今年二度目の卒業式が行われていた。  世間的な門出の時期からは少し遅れているので、卒業生の中には卒業見込みとして二ヶ月前から就職先へ入社している者もいる。今、風吹が見つめている恋人、土屋蓮もその一人だ。  見事難関の航空会社へ入社し、春から研修に入っている。秋には旅客機デビューだ。 「相変わらずモテるな、お前の姫様は」  敷地内の植え込みに座り込んでいた風吹の頭上にそんな声が降る。顔を上げるとそこに居たのは悪友の航生だった。隣には紅音も居る。その顔ぶれに驚いて風吹はぼんやりだった目を見開いた。 「――お前ら、来てくれたんだ」 「迎え、要るだろうと思って。電車じゃきついだろ?」  航生は風吹の隣に腰を下ろした。休日だからか、ポロシャツにジーンズというラフな格好をしているが、普段はこれでもスーツがすっかり板についたサラリーマンだ。もう三年目、新人というポジションから抜け出し、しっかり歯車としてやっている姿を見ていると、時々自分でも意味不明な焦燥感にかられたり、未だ学生なんてやってていいのかよ、と訳もなく自己嫌悪したりした。でも、今日からは少しずつ航生を追いかけることが出来る。 「悪いな、気遣ってもらって」  貴重な休みなのに、と風吹が眉を下げると紅音が、何言ってるの、と笑う。 「私たちだって地元に戻ってくるの、楽しみにしてたんだよ。全然、気なんか遣ってないよ」 「紅音、行くってきかなくて。今日も有休取らされた」  航生が苦く笑う。自分だって来たかったくせに、とその頭を小突く紅音の左手には小さな石のついたリングが光っていた。半年前に婚約した二人は、式は風吹たちが帰ってきてから、と言って未だ夫婦にはなっていない。どうやら紅音が蓮と何か約束をしたらしいのだが、男二人には何も教えて貰えていないのだ。 「ところで、蓮ちゃんは?」 「あそこ……の、真ん中?」  風吹は人だかりを指差して、それからそこに蓮の姿が見つけられなくなったことに気づき、首を傾げた。 「真ん中? じゃないでしょ。ほら、助けておいでよ」  姫を救うのは王子の役目、と紅音に腕を引かれた風吹は仕方なく立ち上がると、はいはい、と歩き出した。人ごみを縫うように歩いて、その小さな背中を視界に捉える。 「――ありがとう。でも、そろそろ講義じゃない? 戻った方がいいよ」  後輩に優しく微笑む蓮は、先日二十四になったというのに、相変わらず少女のようなキレイな顔をしている。キラキラ纏う天性のオーラは、人を惹きつけてやまない。それゆえに、彼を恋人に持つというのは、苦労の連続だった。それでも、その苦労を厭うことなくしてきたのは、それ以上に彼を大事に思っているからなのだろう。 「蓮、紅音たちが来てる」  やっと近づいた背中に呟くように伝えると、振り返った顔がゆっくりと綻ぶ。 「ホント? じゃあ、行こうか」  不意に風吹の右手に暖かな左手が絡む。じゃあね、と微笑む姫は、風吹を従えて人波を二つに割って進んだ。ここでは、モーセもびっくりの現象がまま起こる。 「紅音ちゃん!」  蓮は、人の海を越えると風吹の手を解いて走り出した。紅音と手を取り合って再会を喜んでいる。その後から風吹がゆっくりとそこへたどり着く。 「お迎えご苦労」 「なんだかんだで自力で帰ってくるんだよ、ウチの姫は」 「みたいだな。正直驚いたよ、ここでも結局アイドルだったんだな」 「アイドル……というより、信仰対象だな」  近くで話しかける航生に風吹はため息混じりに答える。航生が、ランクアップだな、と笑う。 「それはいいとして、お前の方は?」 「ああ、仕事か? 来週からにしてもらってる」 「よく通ったな、この時期に……って思ってたけど、お前意外と成績いいみたいだし、当然なのかもな」 「ココでの成績と、今度の仕事は結びつかないよ。ずっとやってきた剣道のお陰だと思う よ。それに、中途採用だから、正社員じゃなくて嘱託だし」  風吹は来週から、空港警備の仕事に就くことになっている。蓮が働く空港での勤務になるので、二人は当然のように一緒に暮らすことを選択した。既に蓮が先にその部屋で暮らしている。風吹は先週引越しを終えたばかりだ。 「航生、風吹! 早く帰らないと夜になっちゃう。店予約してんだから、早く!」  すっかり話し込んでしまっていた風吹たちに、紅音の急かす声が響く。二人はそれに、はいはい、と同じように答えてから、互いに笑いあった。
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