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薄青のシャツに青のネクタイ、それに紺色のジャケットを羽織ると、まだ現場に立ってもいないのに立派な警備員に見えるから不思議だ。鏡に映る自分に驚きながら風吹は最後のベルトを締めた。
「着替えたか? 遠藤……やっぱり、脚の長いヤツは嫌味なくらい様になるな」
なんで同じ制服なんだよ、新人は新人らしく若葉色とかダッサイのでいいじゃん、とぶつぶつ言うのは、今日から世話になる教育係の藤波だ。エアポートセキュリティー社の中の一つの支社である風吹の就職先は、空港専門の警備会社だ。
「とりあえず空港の設備とか覚えてほしいから巡回がてら説明するぞ」
更衣室から出た藤波は歩きながら風吹を振り返る。はい、と真面目に答えると、その顔がふと緩んだ。
「俺にはそんな畏まらなくていい。これからしばらくはバディになるんだから」
藤波はそう言うと、でも仕事はしっかりしてもらうからな、と笑った。
「大体の仕事は聞いてると思うけど、ウチはシフト制だ。X線検査、ターミナル巡回、駐機警備、エプロンと滑走路の巡回、あとはゲート警備……まあ、色々あるけどチーム藤波に入ったお前は建物の中の仕事専門になる。だから、ほとんど巡回だな。基本は足だ」
頑張れよ、と言いながら藤波は人ごみの中、施設の説明をしながら風吹をつれて歩いた。
しっかり二時間かけてターミナル内を歩き回り、その後はX線検査の研修をして、ようやく一日が終わった。さすがにふくらはぎが疲れを訴え、更衣室で私服に着替える頃には固く張っていた。体力はある方だと自負していたが警備という仕事は想像以上にハードなようだ。
「お疲れさん。明日はX線業務だから、六時出勤な」
これ勤務表、と渡されたシフト表には今月の勤務が書かれている。ものの見事にバラバラな勤務時間に、風吹は思わず呻いてしまう。
「初めは慣れないかもしれないけど、体がついてくるようになったらそう辛くもないよ」
風吹の心のうちを読んだように藤波が笑う。それに風吹は、はい、と答えてから蓮のことを思った。今のところ朝出て行って夜には帰ってくる生活をしているが、いざエアラインデビューとなったら、時間は不規則になる。不規則×不規則で、やっていけるだろうか――風吹の心に小さな不安が芽生えた瞬間だった。
「戻りましたー」
ターミナル巡回を終え、風吹は事務所のドアを開けた。お疲れさん、と先に戻っていた藤波が手にしていたコーヒーを手渡してくれる。
「あ、すみません」
「どうだ? 調子は」
勤務してから一週間が経っていた。巡回や検査、警備など一通りをこなし、今日からは一人での行動になっていた。教育係の藤波は、不安はないかと聞いてくれているのだろう。
けれど、風吹の心に一番に浮かんだのは「単調」という言葉だった。ただターミナルを歩く、画面を見つめる、ゲート前で立つ……頭の中が麻痺してしまうのではと思うほど単純で変わり映えのない毎日だった。正直、つまらない。けれど風吹は藤波には笑顔で、順調です、と答えた。
「そうか。まあ……遠藤なら心配ないとは思ってるよ」
藤波は優しく笑うと、あがっていいよ、と風吹の肩を叩いた。
「はい……」
風吹は藤波の後姿を見送りながら頷き、更衣室へと向かった。
ロッカーを開け、着替えているとふいにスマホがメッセージの着信を告げた。蓮からかもしれないと思い、風吹は着替え途中でスマホを手に取った。
『今研修終わった。風吹もそろそろだよね? まだ空港に居たら一緒に帰ろう』
そのメッセージに疲れた体がふわりと浮くような気がした。蓮に会える。それだけで嬉しかった。
『今着替えてる。通用口の前で待ってるよ』
返信すると、蓮の了解というスタンプがすぐに届く。風吹は急いで着替えを済ませると事務所を後にした。
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