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蓮が勤めるJA社の通用口へ向かう途中、風吹の頭上を旅客機か飛んでいった。銀翼にライトが反射してキラリと光る。その姿を風吹は立ち止まり、見上げる。これに乗りたいと思っていた。
専大に入った頃はまだ漠然としていて、まあパイロットってカッコいいしな、くらいにしか思っていなかった。けれど訓練を重ねるごとに憧れは強くなる。それは専大の学生ならみな同じだ。確実に飛行機を自分の手で動かせる感覚というのは、どんなものにも変えがたい興奮がある。まして旅客機となれば花形だ。風吹も一年前まではそう思っていた。けれど躊躇いもあった。恋人と同じ道を進む以上、避けては通れないのが就職という分かれ道だ。専大の就職率はほぼ百パーセント、とパンフレットでは謳っているが実際様々な会社に就職しており、必ずしも中央の大手航空会社に勤めているわけではない。風吹も大手三社は全滅したのだ。唯一拾ってくれたのは、九州の航空会社だった。当然迷った。でも、今こうして蓮の傍にいるのは、自分がこの道を選んだからだ。蓮の傍にいるという道に決めたからだ。
悔いは、ない。
風吹はそう言い聞かせ、空に遠く点滅する光を見送るとまた、歩き出した。
「そういえば、この間ね、空さんがエアラインデビューしたんだよ。空さんカッコイイから社内でも話題でさ」
風吹の運転する車の助手席で、蓮は嬉しそうにそう話した。そういえば自宅のパソコンにも空の淡白なメールが来ていたな、と思い出す。
「へえ、あの人ならそつなくこなしてるんだろうな」
「だろうね。研修生の憧れだもん、空さん」
確かに空の容姿や振る舞いは、一見冷たくも見えるが筋が通っていて男らしい。そして付き合っていくうちに本当は気遣いのできる優しい人だと分かっていくのだ。憧れない人はいないだろう。
「あ、あとね、万優さんからもメール来たよ。泣きそうって。今、折り返し地点で、万優さんはハードみたいだよ」
「そのうち、お前もそうなるな、蓮」
「だよねー」
気が重い、とため息を吐く蓮の横顔に、風吹はぐっと唇を噛んだ。贅沢だ、なんて言葉を口にしないために風吹はそのまままっすぐ前を見つめ運転を続けた。パイロットを選ばなかったのは、自分だ。蓮のせいではない。
「風吹は? 仕事、どう?」
「順調だよ」
藤波に返した答えと同じ言葉を口にすると、蓮は、そっか、と頷いた。
「でも警備って大変な仕事だよね。風吹たちがいるから、俺たちは安心して飛行機飛ばせるんだから」
「そんなことないだろ」
「ね、今、どんなことしてるの? よくエプロンとか滑走路とかランプパトロールしてるの見るんだけど、ああいうの、してるの?」
「いや、俺は中の仕事だから」
「じゃあ、ターミナル巡回とか? カッコイイね」
颯爽と歩いてる姿とか様になってるよね警備の人、と蓮は嬉しそうに話した。
「……パイロットにくらべりゃ、タカが知れてるよ」
言ってから、その言葉が嫌味に聞こえなかっただろうかと心配になり、風吹は、でも、と言葉を足す。
「今のお前よりは、ずっとカッコイイかもな、俺の方が」
「な、なにそれー! 自意識過剰! ナルシスト!」
からからと笑うその横顔を見て風吹はほっと胸を撫で下ろした。気づかれてはいけない。
自分でも気づいてはいけない。蓮に対する、いいようのない劣等感など、なかったことにして消えるまでじっと押さえ込むのだ。
「でも、そういう風吹好きだよ、俺。もっと自信いっぱい持ってて」
蓮は風吹の頬に唇を寄せると、ふわりと微笑んでから、大きく伸びをした。
「眠いのか?」
「ん、少し」
「いいよ、寝ても。部屋まで抱えてやる」
「お姫様抱っこ?」
「それがよければ」
答えると、じゃあ寝たフリしようかな、と蓮は目を閉じた。やがて蓮の呼吸は寝息となり、本当に寝るつもりなどなかっただろうが、家に着くころにはすっかり眠ってしまっていた。
「……おやすみ、蓮」
その寝顔のためなら、自分は何だってできる。風吹はそう思いながら、蓮の寝顔を見つめていた。
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