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 本日の業務も、巡回。人で溢れるターミナルをただ、端から端まで歩くだけの、単調な仕事だ。それで給料を貰っているのだからラクだよな、と蔑まれても、そうだとしか言えないほど意義を見つけられない仕事だ。ただ、こうして制服が歩いているだけで犯罪の減滅効果があるということなので、それだけがこの仕事の意味なのだろう。 でも、今の風吹にはそれが辛かった。ただ歩くだけなら、制服だけが必要ならば自分じゃなくてもいいんじゃないだろうか。蓮の傍にいるために選んだ仕事だけど、その蓮でさえ、自分を必要となどしていないのではないだろうか。こんなに会えないのに、寄越すメッセージはいつも『遅くなる』とか『早く出る』とかそんなものばかりで、決まって最後に『ごめん』と付く。つければどんなことも許されると思われているような気がして、段々腹立たしくさえ思っていた。  手首の痕もすっかり消えたというのに、風吹は蓮に触れるどころか五分も話をしていない。  ――終わるのかな、俺たち……  今まで考えたこともなかった別離という言葉が頭を過ぎった、その時だった。 「警備員さん、あの人! おっかけて!」  突然腕にしがみ付かれ、風吹はその人物を見下ろした。 「え?」 「いいから、あの人! ひったくり! カバン盗られたの!」  女性が指差す方には、人ごみを走っていく影が見えた。慌てて風吹がそれを追って駆け出す。  ぼんやりとしていた。すぐ近くで起こっていたことに気づけなかった。これじゃ、本当に歩いているだけじゃないか――風吹はそんなことを思いながら走った。角を曲がった先で藤波の姿を見つけた。無線で何か話しながら彼もまた走っていた。  展望ラウンジへ続く廊下へ入ったとき、追っていた影は、既に捕らえられていた。藤波が指示を出し、近くに居た同僚が駆けつけたらしかった。  事件はあっという間に、それこそターミナルを歩くほとんどの人が気づかないうちに解決を迎えた。 「遠藤、ちょっと話」  犯人を警察へと引き渡した後、藤波は静かに風吹に告げた。 「はい」  色々咎められるべきことがあることはわかっていた。風吹は素直に藤波の後について、事務所の会議室へと向かった。 「遠藤さ、この仕事どう思う?」 「どうって……」 「単調だと思うか? ラクだと思うか?」  藤波はゆっくりと優しい声で聞きながら椅子に腰掛けた。円卓の向こう側の椅子を風吹にも勧める。けれど風吹は立ったまま、いえ、と答えた。 「そんな風には……」 「遠藤、前に俺が調子を聞いた時、順調だって答えたよな。確かにお前は飲み込み早いし、よくやってるよ。けど、順調じゃ困るんだよ。ターミナルは、平和じゃないよ。大小の差はあるけど絶対毎日どこかでトラブルが起きてる。それをいち早く見つけて処理していかなきゃ、ちゃんとした警備員にはなれない……わかるか?」 「……今日、思い知りました」 「だと思ったよ。だからこんな話したんだ。まだわかんないようなら、話さなかった。それに、このところの遠藤はちょっと変だったからな」  藤波は胸のポケットから煙草を取り出すとそれに火をつけた。 「変、でしたか?」  ようやく椅子に座った風吹を見て、藤波が大きく頷く。 「悩みごととか考え事してると、いざって時動けないぞ。今日みたいに」 「バレてましたか」  風吹が苦く笑うと、まあなと藤波が微笑む。 「話せば楽になることもあるぞ」 「でも、すごいプライベートなことなんで」  風吹が笑うと、藤波は、彼女か、と口角を引き上げた。風吹は曖昧に頷く。 「……夢があったんです。それが叶う一歩前まで来てたのに、俺は恋人の傍に居ることを取って、夢を諦めました。けど、恋人とはすれ違ってばっかりで、どうして夢を捨ててまでここにいるのか、わかんなくなってきてて……俺が選んだことなのに」  風吹が話すと、そっか、と言ったきり藤波はしばらく黙っていた。煙草の火を消してから、だったら、と口を開く。 「ちゃんと会って話せばいい。明日、休め。俺と変えてやるから、ちゃんと解決してこい」 「でも……」 「いいから。新人使い物になるようにするのも、俺の仕事だからな」  それだけ言うと藤波は、昼飯にするか、と立ち上がった。 「遠藤、昼蕎麦行かないか?」 「お供します」  いい返事だ、と藤波は笑った。
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