第七話

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第七話

『鴉が鳴いたらかーえろ』  子供の声がする。 『鴉が泣くからかーえろ』  青年の声がする。 『鴉を啼かせてかーえろ』  老人の声がする。 『鴉を殺すの、だーれだ』  異形の声がする。 ※ 「鴉の死体始末人?」 「そうそう、最近噂になってるんだよねー」  朝のHRが終わってすぐに、煙羅の周りには人集りが出来る。  大抵は女子だが、最近は男子も混ざるようになってきた。  何故なら。 「お前ら女子ってそういうホラー話好きなー」 「何よぅ、聞きたくなきゃあっち行ってなさいよー」 「誰も聞きたくないとは言ってないだろ。それに鴉の死体始末人の話ならサッカー部でも超有名だし」 「バスケ部も」 「俺達野球部でもだな」 「えー、汗臭ー」 「俺も汗臭いわけ?」  にっこりと営業スマイルを向けた煙羅に女の子達が「煙羅くんは別!」と一斉に叫んだ。  最近、煙羅はその身長と運動能力を体育で見せつけることになり、運動部の助っ人として呼ばれることも多くなったのだ。  勿論部活も帰宅を考慮してこの学校では午後五時まで。  それまで待たされるこっちの身にもなってほしい、というのは留羽の談だが、試合の日は大体が日曜日なのと、噂話の収集に一役買っているため、煩くは言わない。  専ら噂話の集合場所となった煙羅の机は、朝も昼も夕方も人でいっぱいだ。 ――また、近寄れない……。  それを教室の隅の自席で眺める留羽は、どことなく面白くなさそうに溜息をついた。 ――まあ、煙羅が帰りに話してくれるなら問題ないのだが……。 「それで?鴉の死体始末人がなんだって?」 「うん、鴉ってさ、あんなに数がいるのに死体、見ないでしょ?大きいし、黒いし、目立ちそうなのに」 「ああ……まあねえ」  適当に煙羅は相槌を打つ。  野生動物は死に際を見せないものだ。弱った鴉はきっと塒(ねぐら)から動かずにそのまま死を迎えているのだろう。  だが町中で車に轢き殺されたり猫と喧嘩して死にかけたりして弱った姿も見ないのは確かに鴉くらいだろう。 ――鴉は強いし賢いからな。  煙羅はそう思いながらもうんうんと女子達の言葉に耳を傾ける。 「そこで鴉には鴉を纏める死体始末人が居てね、鴉の死体を持ち帰ったり、鴉を虐める人間に復讐したりするんだって」 「あれ?俺らが聞いたのは鴉の死体を集める収集人がいるって噂だけだぞ。復讐するなんて聞いてない」 「噂が古いのよ、あんた達は。最近、この町に鴉が異常に集まってるんだって。人間に復讐するためだって専らの噂よ」 「きゃー怖ぁい!!」 「鴉も人間のゴミを漁って生きてるんだから復讐する必要も無いんじゃない?特に俺ら学生には」  どさくさ紛れに抱きつこうとした女子の手をやんわり払って、煙羅が笑う。  ……ぴくりと能面のような留羽の眉が跳ね上がったのは気のせいだろうか。 「それがね、なんでも鴉を虐めてる人間がこの町に来たらしいの。それを探し出そうと鴉が集まってるんだってさ」 「ますます俺らに関係ないじゃん」 「馬鹿ねー。相手は鴉よ?どんなに頭が良くても人だと思ったら攻撃してくるかもしれないじゃない」 「まあ……それもそうか」  幾ら頭がいいといってもそれは鳥類の話だ。  女生徒が言うように、無差別に鴉が襲ってきてもおかしくはない。 「で、その死体始末人もこの町に来てるってわけ?」 「そうそう、煙羅くん話が早ーい」 「容姿とかわかってるの?」 「ううん、全然。死体始末人は鴉の死体と一緒で姿を全く見せないんだって。だから目撃情報もなんにもなし」 「そっか、残念だな」 ――今日の噂は妖怪とは関係なさそうだな……。  ぼんやりと鴉の死体始末人の話で盛り上がる生徒達の顔を見回しながら、煙羅は机に肘を付く。  ふと窓の外を見ると、青い空に黒い影が一つ二つ飛んでいくのが見えた。 ――鴉の死体始末人、ねえ……。  妖怪じみてんな、と煙羅はその光景を眺めながら思う。  そのまま視線を動かすと、留羽も同じ光景を見ているようだった。 ――ヒメ? 「こらーお前達、席につけー!とっくにチャイムは鳴ってるぞー!」  教室に入ってきた一限目の教師の声に遮られて、その日の井戸端会議はお開きになった。 ※  古きものには霊が宿るという。  付喪神(つくもがみ)と呼ばれるそれは神として、昔は人々から崇められた。  だが、今やものは使い捨ての時代。  付喪神は九十九神(つくもがみ)。  物は九十九年も使われることなく、たった数週間、数ヶ月、数年で使い捨てられている。 「鴉が鳴いたらかーえろ」  商品を磨き上げながら、狐狗狸が歌う。 「鴉が泣いたらかーえろ」  この骨董品店には百年を超える品物が沢山ある。  その一つ一つに意味があることも、狐狗狸は理解している。  そしてその先に何があるのかも、狐狗狸は知っている。  誰に使われ、どうなり、どういう結果になるのかまで、狐狗狸は知っている。  その上で商品を売るのだ。  その運命に、付喪神が翻弄されるさまを見たいがために。  未来を知るモノの唯の道楽として、骨董品を消費するために。 「鴉が啼かせてかーえろ……っと」  がらりと戸が開く音がする。 「まだ開店前ですよー……っと、ああ、成程ぉ」  来客の姿を認めて、狐狗狸はにんまりと狐目を細めて口元に弧を描く。 「鴉を殺すの、だーれだ、ってねえ」  来客は静かに頷いた。 ※ 「使えんな」 「全くだ」 「そんなに言わなくてもいいだろー」  場所は変わって、留羽の家。  九鬼も揃って、作りすぎた煙羅お手製のカレーを食べながら九鬼と留羽が溜息をつく。 「なんだその、鴉の死体始末人という都市伝説は。妖怪になりそうもない噂は放っておけ。……カレーおかわり」 「はいよ。……っていうか、お前何杯目だよおかわり。文句言いながら食うなよ」 「それはそれ、これはこれだ」  ご飯をよそいながら九鬼の言葉に煙羅が口を尖らせる。 「その細っこい体のどこに入るんだ」 「お前より細いだけで身長も筋肉もお前より上だと自負しているが?」 「くっ……!!力仕事は全部俺に押し付けるくせに!」 「それよりも鴉の死体始末人だ。私の方でも少し調べてみたが、ここ数ヶ月で出た都市伝説のようだな」 「ヒメが調べ物……だと……」 「……私が図書館で調べ物をして何が悪い」 「なんだ、てっきり聞き込みでもしたのかと」 「したぞ」 「ええっ」  九鬼のカレー皿を取り落しそうになる程驚いて、煙羅は留羽の顔を見た。  その様子に、いつものように茹で野菜――カレーになる前に取り分けてポトフになっている――と生野菜のサラダを食べていた留羽がむ、と眉根を寄せる。 「私だって聞き込みくらい出来る」 「三年のクラスにも来たぞ。「鴉の死体始末人について何か知っている者はいるか」とな」  九鬼が煙羅から大盛りに盛られたカレー皿を受け取りながら言う。 「殴り込みじゃん」 「聞き込みだ」  あくまでそれを聞き込みと言い張る留羽に、「だからまたそういう誤解を招くやり方を……」と頭を抱え蹌踉めきながら煙羅は自分の椅子に座る。 「結局、煙羅が聞いたこと以上のことは聞き出せなかったがな。ここ数ヶ月で急激に広まった噂で、実際に鴉に攻撃されて怪我したものもいるらしい」 「鴉ってふてぶてしいからなあ。人間を怖がらないし」 「あれでも怖がっているんだぞ。体の大きいものは何でも怖い」  スプーンでカレーを口に運びながら九鬼が言うと、煙羅は少し考えるようにして首を傾げつつカレーにスプーンを差し込んだ。 「けど実際に怪我人が出てても俺らの管轄じゃねえだろ。そりゃどっちかって言うと警察の仕事だ」 「警察でも無いだろう。鳥獣保護法で鴉を無意味に捕らえたり傷つけるのは禁止されている。警察も手が出まい」  ポトフのスープを啜り、飲み干した留羽がことりと器を置いた。 「何にせよ、今回の件は怪しい点こそ多いが妖怪の仕業ではない」 『それはどうですかねぇー』 「「「?!」」」  突如響いた三人のものとは異なる声に、留羽は立ち上がり、九鬼は銃を構え、煙羅はそのまま凍りつく。 『あ、いやいや、その銃は仕舞ってもらって。怪しい者じゃありませんよぉ』 「その声……狐狗狸か?」 『さすがヒメ様、わかってらっしゃるぅー』  ふよん、と窓から入ってきたのは、小さな火の玉だった。  青白く発光して燃えているように見えるが、カーテンが燃えなかったところを見ると実際に燃えているわけではないらしい。 『今宵は狐火……魂魄のみで失礼いたしますよぅ』 「何用だ」  椅子に座り直しながら、留羽が尋ねると、ふよふよと青白い狐火はテーブルの上に進みい出て頭を下げるようにふよんと上部を傾がせた。 『今日は皆様にご依頼を持ってきまして』 「要らん、帰れ」  すっぱりと留羽が切り捨てた。  その言葉に、狐火がふよふよと慌てた様子で飛び回る。 『せめて話くらい聞いてくださってもいいじゃないですかー』 「お前の持ち込む依頼は大体面倒で無駄なものが多い」 「え、狐狗狸が依頼することもあるのか?」 「たまにな」  九鬼が溜息とともに頷くと、狐火は更に慌てたようだった。 『今回は断られたら困っちゃうんですってぇー。付喪神からの依頼なんですからー』 「付喪神から、だと?」 『はいー』  付喪神、という言葉に留羽が反応する。  それに気付いた狐火が、留羽の目の前で何度も上下運動を繰り返した。 『今日、付喪神がうちにいらして、頼み事をしていったんですぅ。なんでも、鴉を殺して死体を持ち去る犯人を見つけて欲しいとのことで』 「鴉を……」 「殺して、死体を持ち去る?」  留羽の言葉を、煙羅が引き継ぐ。 「鴉の死体始末人の話か?」 『はあ、そういう話は仰ってませんでしたが……兎も角、鴉を殺して死体を持ち去る人間がいるようなのですよぅ』  九鬼の問いに狐火は曖昧にしか答えない。 「お前の占いで犯人の居場所はわかるだろう」  そして留羽の尤もな言葉に、狐火はぼうっとその火を大きくした。 『それじゃあ意味がありませんからぁ』 「……」 『私が意味のないことを嫌うのは、ヒメ様ならば重々承知では?』  火の中ににんまりと笑った狐目の女が見えた気がして、留羽はちっ、と小さく舌打ちをする。 「……鴉の死体始末人を探して、どうすればいい」 『見つけてくれれば十分だそうですよぅ。あとは“彼ら”の仕事だと言っておりましたぁ』 「“彼ら”?」 『さあ、余計な詮索は身を滅ぼしますよぅ煙羅様ぁ』 「……まあ、付喪神の依頼となっては無下にも出来ん。その依頼、受けるしか無いだろうな。どう思う、ヒメ」 「受けねばなるまい」  九鬼が問うまでもなく、留羽は苦々しそうに呟いた。 「相手は曲がりなりにも神だ。私に選択権はない」 『そう言ってくださると思ってましたぁ』  嬉しそうに狐火がその場でふよふよ踊りだす。 『とはいえ、何のヒントもなしでは探しにくいでしょうからぁ、優しーい私から一つだけご助言をー』 「なんだ」 『鴉の死体始末人は、確かにいると、噂を広めてくださいな』 「?」  狐火の言葉に、留羽が怪訝そうに首を傾げる。 「どういう意味だ」 『噂を広めればわかりますぅ。ではでは、皆様、良い夜をー』  留羽の問いかけには答えず、ふわりとテーブルから離れた狐火はそのまま窓からさっさと出ていってしまった。  残された三人は顔を見合わせ、首を傾げる。  噂を広めることと鴉を殺して死体を持ち去る人間を見つけるのとどう関係しているというのだろう。 「……どうする、ヒメ」 「……あれでいて、狐狗狸は無駄なことは言わないからな」  九鬼に対し、留羽は肩を竦めてみせる。 「じゃあ、狐狗狸の言う通り噂を広めるのか?」 「そうだな、実際に鴉の死体始末人を作ってしまうのが一番早いだろう」 「作る?」  すっかり冷めてしまったカレーを掬いながら、煙羅が首を更に捻る。 「どうやって」 「それはだな……」  そうして、留羽の視線の先には。 「……俺か」  諦め顔で眉間を揉む、九鬼の姿があった。 ※ 「からすがないたらかーえろ」  ごーん、ごーん、ごーん、ごーん、ごーん。 「からすがなくからかーえろ」  五つ目の鐘が鳴る頃、小学生の一団が飛び跳ねながら帰っていく。 「からすをなかせてかーえろ」  きゃっきゃっ、という子供特有の笑い声が運動場に響く。  住宅街より少し離れたところにある小学校の運動場で、ある一団の子供達が帰り支度を始めていた。  六時の鐘が鳴る前に家に辿り着かねばならないというこの町のルールは、子供達にとっては遊びの一つでしかなかった。  六時を過ぎれば大人にしこたま怒られるが、それだけだ。帰り着けば問題なく温かい食事が待っている。 「からすがないたら……、……?」  その、帰り道の途中。  大きなごみ集積場がある。  明日は燃えるゴミの日だからだろうか。既に山となったゴミの上に鴉がいる。  沢山いる。  一羽、二羽、三羽、四羽、五羽、六羽……もっと、もっと。  そして。 「……鴉を殺すの、だーれだ」 「ひっ……!!」  一人、長身の男が居た。 「うわ、うわああああ!!」 「かっ、鴉の死体始末人だあー!!!!」  鴉の羽を模したかのような黒い衣装に黒いマント。目元にはペストマスクの黒バージョンのような半仮面をつけている。  赤みがかった黒髪は夕日に燃えるようで、マスクから覗く眼は不気味に輝く金色をしていた。  その男が、振り返って、子供達に向かって形の良い唇から言葉を零す。 「……鴉を殺すの、だーれだ」 「ぎゃああああああああああ!!!」  子供達は散り散りになって逃げ出した。  まだ六時の鐘は鳴っていない。  それなのに何故こんな怖い目に遭わなければならないのか。  そんなことを頭の中でぐるぐると考えながら、必死にその場から逃げ出す。 「……鴉を殺すの、だーれだ」  鴉の死体始末人は、小学生を追うことなく、その場でもう一言、呟いた。 ※ 「聞いた?鴉の死体始末人の噂!」 「聞いた聞いた、黒いマントに黒い服、黒いマスクをつけててすっごく背が高いんでしょ?!」 「えーイケメンじゃん」 「鴉いっぱい引き連れてたらしいよ!!」 「えー怖いー!!」 ――順調に広まってんなあ……。  噂が噂を呼び、一週間もしないうちに“鴉の死体始末人”の噂は小学校から高校まで広まっていた。 「ね、ね、煙羅くんも怖いよね!」 「え?……あーそうだなー、俺は次の数学の小テストのほうが怖いかなー」 「やっべ忘れてた!!」 「私も!!」 「やだ居残り授業とかさせられたら鴉の死体始末人に遭っちゃうかもじゃん!!」  煙羅の一言と休憩時間終わりのチャイムの音に、生徒達が慌てて自分の席に戻っていく。 ――噂の方は順調ですよ、っと。  ノートの切れ端にそう書いて、くしゃりと丸め、ボール状にすると後ろを振り向き、留羽の方へ投げ渡す。  机の上に見事転がったそれを摘み上げて、留羽は満足げに頷いた。 「後は、総仕上げだな」  そう、小さく呟いて。 ※ 「鴉の死体始末人だと?馬鹿馬鹿しい」  ゴミ集積場でぎゃあぎゃあと五月蝿く鳴き喚く鴉を一羽捕まえた男が独りごちる。 「そいつが鴉の死体を回収してるから鴉の死体が見つからないなんて、子供ってのはなんて馬鹿なんだ」  げらげらと笑いながら、ポケットから出した注射を鴉に射ち込む。  途端、暴れていた鴉は逃げ出すためではなく藻掻き苦しむように暴れ始め、やがてぴくりとも動かなくなった。 「害鳥を駆除できて試薬の検体も手に入る。こんな美味しい仕事はないぜ」  動かなくなった鴉の死体をぶら下げて、男は笑う。 「しかし鴉の死体始末人様様だぜ。おかげで鴉のいるところにゃ誰も近づかなくなった。仕事がやりやすくて有難……」 「鴉が鳴いたらかーえろ」 「?!」  持っていた黒いゴミ袋に鴉の死体を放り込んだ男の耳に、低く耳障りの良い歌声が聞こえてくる。 「鴉が泣くからかーえろ」 「だ、誰だ!」  辺りを見渡しても誰も居ない。 「鴉を啼かせてかーえろ」 「どこにいる!!」  優しい歌声は徐々に深くなり、不気味さを増してくる。 「鴉を殺すの、だーれだ」 「ひっ……」  ひたり、と男の肩に手が置かれた。  さっきまで後ろも警戒していたはずなのに、いつの間に後ろに人が居たのだろうか。  それよりもその手の主の格好が異常だった。  黒いマント、黒い衣装、黒いマスク、そしてその後ろの電柱にたかる、黒、黒、黒、黒、黒の群れ。 「うっ、うわあああああああ?!」 「お前が、鴉を殺していたのか」  ちゃきり、と音をさせて銃が構えられる。  額に銃口を押し付けられた男は、そのままその場にへたり込んでしまった。 「言え。全てお前がやったのか」 「お、俺だけじゃない!この町の市区議員が害鳥駆除として病院から試薬を……!!」 「そうか」  低い声の主は甘くとも取れる声色で銃を持ち上げる。  額から銃口が離れてホッと息をつく、男。 「なんだよ……脅かすなよ……!!」 「脅かしてなど居ない。俺の仕事は、死体回収だ」 「は……?」 「制裁は、“彼ら”がやる」  銃声が空に鳴り響く。  続いて、ごーん、ごーん、ごーん、ごーん、ごーん、ごーん、という六つの鐘の音が聞こえた。 「ここからは、“彼ら”の時間だ」  カァー。  カァー。  カァー。  カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。 「ひぃいっ?!」  空が黒く思えるほどの、鴉の群れ。  電線にびっしりと詰め寄るように、そしてまだ空から舞い降りてくる。   カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。カァー。 「たっぷりと制裁を、受けるがいい」  “鴉の死体始末人”は、唇を三日月の形にして嗤った。 ※ 「いやー、早期解決、ありがとうございましたぁー」 「こうなることを知ってたな?狐狗狸」 「はてさてなんのことやらぁー」  狐狗狸の骨董品店。  留羽が問い詰めるも、狐狗狸は上機嫌で水煙管を吹かし続けるだけだ。 「鴉の死体始末人、お見事でしたー。いやはや、衣装は凝るものですねえ」 「黒髪というだけで俺が選ばれたのは納得がいかないがな」  そんな留羽の後ろに、鴉の死体始末人――に化けた九鬼が苦々しそうに立っていた。 「似合ってるぜー九鬼。いっそそのまま鴉の死体始末人やってろよ」 「お前がやれ」  からかう煙羅にマスク越しのキツイ視線を向けて、九鬼は溜息をつく。 「それにしても、ああも鴉が従ってくれるとは思わなかった。一体どんな絡繰りだ?」 「ああーそれはですねえー」  九鬼の言葉に、狐狗狸が奥へ引っ込んでガサゴソと何やら引っ張り出してきた。 「鴉の……剥製?」 「こちらが今回の依頼人ですよぅー」 『お初にお目にかかる、比売神とその下につく妖怪よ』 「「「!!」」」  狐狗狸以外の三人が思わず後ろに仰け反ったのも無理はない。  その剥製は、まるで生きているかのように動いて、喋ったのだ。 『我はこの辺り一帯の鴉を束ねるもの也。鴉は誇り高い生き物故、その死に様を晒すことはない。だが、ここ暫く不審な死が続いていると鴉の長から連絡が入ってな。我の代わりに貴殿らに動いて貰った。許せ』 「……貴方が、付喪神?」 『如何にも。比売神は付喪神が動くのを見るのは初めてか』 「あ、ああ……」 『なれば我のような百年保ったモノを見たことがないのだな。嘆かわしいことだ』 「本当に、今の人達は物を大事にしませんからねえー」 「お前の店でも付喪神はこれが初めてだぞ」  留羽が反論するが、狐狗狸はしれっと水煙管を吹かす。 「付喪神は元々あまり動くことを好みませんからぁー」 「しっかし凄いな。本当に生きてるみた……」 『触れてくれるな、煙々羅』 「おっと」  動く翼に触ろうとした煙羅の手を、鴉の剥製――付喪神が強い口調で制した。 『我の体はボロボロだ。不用意に触れられては崩れ落ちる』 「そんな体で、よくこの辺り一帯を治められましたね」 『鴉は誇り高く、賢く、そして敬う生き物だ。……勿論人に害なすこともあるが、それは人が食べ物を粗末に扱うからだ。栄養豊富な餌がそこにあれば、鴉はそれを覚えて何度でも足を運ぶ』 「成程」 「九鬼、その仮面取ったら?似合ってっけどさ」 「ああ、忘れていた」  仮面を取った後には、いつもの九鬼の顔があった。 「それにしても、噂を広めれば犯人が炙り出されるなんて計画を立てたのは狐狗狸か?」 「違いますよぅ」 『それは我だ』  鴉の付喪神が答える。 『こういう不始末は本来我々の手で始末をつけねばならん。まだいるようだが、それはあの男をつけていればわかること。噂を広めれば動きやすくなり、動きが荒くなると見てその格好をしてもらった』 「付喪神殿は計略家でらっしゃる」 『煽てても何も出ぬ』 「ところで、狐狗狸、今回の依頼の報酬は?」 「ぎくぅ」  留羽が尋ねると、あからさまに狐狗狸がビクついた様子を見せた。  その様子に、留羽が狐狗狸に詰め寄り、低い声を出す。 「まさか、タダ働きというわけではなかろうな」 「えーっと、それはぁ……」 『比売神、報酬は我が支払おう』 「付喪神が?」  狐狗狸の手の中で翼をゆっくりと広げ、閉じる動きをして付喪神が留羽を止めた。 『我ら鴉一族、恩は忘れぬ。お主が斉天童子と戦う時、必ず役に立つと約束しよう。そしてもうひとつ』 「もうひとつ……?」 『斉天童子の居場所を教えよう』 「!!」  その言葉に、留羽が鴉の剥製に詰め寄った。  触れてはならない、と言われたことすら忘れていそうなくらい顔を寄せて、その嘴から漏れ出る言葉を聞き逃すまいと耳を澄ませる。 『斉天童子は五芒星の中心に居る』 「五芒星の中心……?」 『お主らが解決した怪異は全て斉天童子の力の源。それが注がれるのが五芒星の中心。すなわち、街の中心にある聖寺(ひじりでら)がやつの居場所よ』 「やっぱりか」 「九鬼?!知ってたのか?!」  煙羅が驚いたように九鬼の顔を見る。  その顔はそうであって欲しくなかったとでも言うように歪んでいた。 「そこは、天羽(あもう)が眠る墓所だ」 「天羽……?」  聞き覚えのない名前に煙羅は首を傾げるが、留羽は得心がいった様子で「そうか」とだけ呟く。 「聖寺。昔の比売神が鐘に斉天童子の力を封じたという。あの場所に、奴が」 「ちょっと待て。偉い坊さんがこの町に術をかけて怪異が午後六時以降にしか出ないようにしたんじゃないのかよ」 「それは歪んだ言い伝えだ」  留羽がカラスの剥製から離れて骨董品店の出入り口に向かいながら言う。 「数百年前の比売神が、命を賭して鐘に斉天童子の力を封じ込めた。以来、その力を用い、別の怪異が暴れないようにこの町を守ってきたのだ」 「毒を持って毒を制すというやつだな」 「じゃあ、じゃあ、最初からあいつの居場所はわかってたってことかよ!!」 『わかっていても、意味がないのだ』  煙羅の叫びに、付喪神が首を振る。 『あ奴は実体を持たぬ姿で怪異を誑かし、人を襲わせる。だが、今回の件は逆だ。我が怪異を利用し、人を襲わせた。悪いとは思ったが、これで奴は実体を持ち、現れるであろう』 「最期のキーを、私が解決しちゃあ意味がないでしょうー?」 「……狐狗狸、お前、全部知ってて」 「おお怖い、煙々羅、そんなに睨まないでくださいよぉ。あの夜ちゃんと言ったじゃないですかぁ」 「黙ってたのは俺達も同じだ。狐狗狸だけを責めるな」 「九鬼」 「……父上……いや、斉天童子が、実体化する……。その時期はわかるか、狐狗狸」 「今度の満月です」 「……」  留羽の問いに、狐狗狸があっさりと答える。 「今度の満月に斉天童子様が復活なされます。我々怪異には祭りの日ですねえ……ひひっ」 「……お前」 「煙々羅、お前も使い魔となってなければ喜ばしいことなんですよぉ?怪異が町を支配して、人を幾らでも喰らうことが出来る。あの時代、あやかしがこの国を支配していた平安時代にこの町が逆戻りするんです。素晴らしいじゃぁありませんか」 「狐狗狸、世話になった。もうお前には頼らぬ」  店の入口から空を眺め、留羽が呟く。 「お前は好きに生きるがいい。斉天童子に付くもよし、私達に付くもよし」 「どちらにも付かぬもよし、でございましょう?私は成り行きを見ておりますよぉ」 「そうか」 「ヒメ」 「煙羅」  駆け寄ってきた煙羅に留羽が振り向く。 「言っていなかった話がある。過去の話だ。聞けばお前は私とともに斉天童子と戦うことになる。聞かないならば私はお前を手放そう」 「ッ」 「……明日の夜までに決めてくれ。……九鬼、お前もだ」 「俺の意思は変わらない」 「そうか。……すまない、先に戻る。……少し、疲れた」 「ヒメ!」  夜の闇に駆け出していった留羽を言葉だけで止めることは出来なかった。  取り残された煙羅は拳を握り、俯く。  ぐるぐると、留羽の言葉が頭を巡っていた。 ――聞けばお前は私とともに斉天童子と戦うことになる。聞かないならば私はお前を手放そう。 「なんで今更、そんな事言うんだよ……」  ぼそりと呟いた煙羅の言葉に、九鬼が腕を組んで目を閉じる。 「なんでだよ、ヒメ!!」  夜闇を駆ける少女には、その悲痛な叫びは届かなかった。 第八話に続く一一。
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