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「お、俺がレット・バトラーをやるのか?」と俺は絶句した。ぽかんと口を開ける俺の背中を俺を推薦した楢島渉が小突く。
「お前、昔の映画好きじゃん」と文化祭委員の高橋雅彦が楢島に同意するように頷く。周りの生徒も期待と揶揄の目を俺に向けてくる。
俺は渋面を作った。「そんなことで決まるなら大抵の人間が当てはまるだろ。……俺にそんな役は無理だ。力不足過ぎる」
「えー、そう言うなよ。前田のレット・バトラーなら絶対カッコいいって! 俺だってアシュレだけどお前となら何とかなる気がする! 頼む! 同中の誼みで!」
そう言われてしまうと悪い気がしないので強くは押せない。その怯みを楢島も高橋も勘づいた。「決まりな」と高橋が言うと拍手がわき起こり、俺は重圧に潰されそうになりながらも心がかっかっと燃えるのを感じた。アメリカ映画の大作『風と共に去りぬ』で大ブレイクしたクラーク・ゲーブル。彼の出世作である『或る夜の出来事』を見て以来、憧れてやまない俳優の出世作を演じられるなんて夢のようだ。しかもそれを文化祭で披露するなんて。今から武者震いがする。
「よし、男どもが決まったところでメラニーとスカーレットも決めちゃおうぜ。推薦でも良いからさ!」と高橋が皆の方に向き直った。
「はい!」と斜め後ろで村上理香が元気な声をあげた。「それならメラニー役に花を推薦します!」
楢島たちが「おおっ」とどよめいた。
「村上、よく言った! 良いじゃん、源川さんのメラニー!」安藤瑛人の言葉に隣の井上護が頷く。「可愛いし、優しいし、強いし、まさに源川さんそのものじゃん!」
「そうだよ、花ならさぞ似合うだろうな〜」と女子生徒も囃し立てる。
「そ、そんな……演技の心得も無い私などではとても務まりませんわ……」推薦された「花」こと源川清花は今日も大和撫子然と淑やかで謙虚な物腰だ。しかし光が強ければ影も濃い。俺は後ろの席から複数の妬み嫉みの視線を嫌でも感じていた。
「……え、ありきたり過ぎない? うちだったらスカーレット役に推すけど」
富井奈緒の言葉に俺は勿論のこと、クラス中が狼狽にどよめいた。たった1時限だけでも男子生徒と2人っきりになるのを嫌がるほど歳上の恋人に操をたてているあの源川がスカーレット・オハラ? ミス・キャストにも程がある。
「富井、お前、もっと考えて言えよ」空かさず安藤が反論した。
「別に良いじゃん。たかが学校の文化祭なんだし、外の彼氏は気にしないよ、大人なんだし」
こいつ、3年の先輩に源川の名前を出されてフラれたことを根に持っていやがるな。と俺は勘づいた。俺はこの時女子特有の意地の悪さを初めて嫌と言うほど目の当たりにした。その不味さは演技する上で長く活かされることになるが、この時の俺はそんなことは原子の欠片程にも知らない。
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