喝采よ、今一度

3/8
前へ
/8ページ
次へ
「……良いですわ。スカーレット役、引き受けます」  俺はぎょっ、と目を見開いて声の方を振り向いた。その先には大和撫子然とは打って変わって武家の姫様のような顔をした源川の顔があった。 「……えっ、源川さん本気!? 無理して引き受けなくたって良いんだぜ。そのぉ……なぁ?」と高橋が慌てたように言う。火中に栗を投げるような形を作ってしまった村上も高橋と同じことを話しかける。  源川は答える。「別に無理などしていませんわ。推薦するからには何かお考えがあるのでしょう。それに応えるだけですわ。前田くんさえ差し支えなければ精一杯努めてみせます」  源川の発言に全員の視線が俺に集中する。俺は図らずも審判者になってしまった。源川はスカーレット・オハラとは程遠い性格だが、根は真面目だし剣道部で集中力も鍛えている。出来はともかくとして途中で投げ出すことはしないだろうと確信はあった。 「……源川が相手なら俺は別に文句はない」  またおおっ、とどよめきがあがった。 「前田! 源川さんがスカーレット・オハラをやるって本当かよ!?」  野球部に劇の主演を務める為に一時休部願を出して聞き届けられた帰り、俺は仲間の斉藤と山形に呼び止められた。2人とも入学早々源川に話しかけてけんもほろろな態度を取られた。 「ああ、本当だ」 「マジかよ〜! あの源川さんがスカーレットとか何があったんだよ。4組、大丈夫かよ」  朝ヶ谷高校の一年生が文化祭で演劇を披露するのは創校以来の伝統でこれを目当てに朝ヶ谷高校を志望する中学生も多い。俺は改めて源川清花=スカーレット・オハラの場違いさに思い至って幸先が不安になった。  役決めから1週間後に台本が配られた。台本が配られたら文化祭までの放課後は全てその準備に充てられる。今日は記念すべき初日で俺たちは机と椅子を追い出して練習場を作った。 「おい小川、源川さんどうした?」と楢島がメラニー役の小川咲良に話しかける声が聞こえた。 「えっ? あれ、(さっき)まで居たのに」 「トイレ行くって言ってたよ」と村上が答えた。 「……逃げたんじゃなくて?」と富井の悪意だらけの呟きに村上とオハラ夫人エレナ役の松本星奈がぎょっ、と振り返る。 「花がそんなことするわけ無いでしょ! 第一そっちが無理やり勧めたんじゃん!」と松本が怒った。 「でも引き受けたじゃん。断ることだって出来たのに」と富井が言い返した。言い争う2人を村上とインディア・ウィルクス役の宮本夏奈帆が引き離す。 「誰か探して呼んでこないと。源川さんが居なかったら練習にならないぞ」と高橋がぼやいたその時だ。  とんとん、とドアを叩く音が聞こえた。声が聞こえる。「開けてくださる?」
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加