11人が本棚に入れています
本棚に追加
映画が好きだった。スクリーンの向こう側にいる男たちは皆、カッコよくてダンディーで洒落ていて「俺はああはなれないから、羨ましい」といつも思った。好きは憧れと表裏一体であり、憧憬には見切りをつけると動作を背中合わせに持っている。俺は決して金髪碧眼では無いし、背も運動神経も平凡基準で、気の利いた会話が出来るわけでも無ければ大胆でも無く、プロムの花形にもなれない。彼らは所詮決して手の届かない、夢のような存在だと俺は半ばいじけていた。
だが源川は違う。源川はスカーレット・オハラを現実の人間として意識して、物語上の彼女が現実の俺たちの人生をまるっきり変えることが出来ると、スカーレット・オハラが「明日の誰かの心」になれると心の底から信じている。それを現実にする為なら源川は偽物の大根ですら胃に流しかねない。
俺はどうする? 俺はレット・バトラーを生きられるのは彼しか居ないと思っていたからクラーク・ゲーブルを目指した。だが、源川はヴィヴィアン・リーのことなど粉微塵も考えていない。その瞬間、俺の心にぼっ! 小さな火が灯った。かつてクラーク・ゲーブルの演じたレット・バトラーが俺の心に火を灯した、あれと同じ火だ。小さな火も燃え続けられたら大きな火になって、世界全体を照らすだろう。……俺も2人のように誰かの心に火を灯せられるだろうか? 俺も源川のように「演じ切ろう」では無く、「生き切ろう」と思えば、俺もレットに命を吹き込むことが出来るのか?
俺は源川を縋るような目で見た。「源川、俺にレットが出来ると思うか?」
源川は静かな目で俺を見た。「前田くんの中でもう答えはあるのではなくて?」
俺は思わず胸に手を当てた。自明の理だ。その問いに答えることが出来るのは自分だけだ。アメリカ人は皆、そうではないか。自分のことは自分で答えを出す。
出来るか、出来ないかではない。やるか、やらないかだ。
「源川」と俺は背筋を伸ばし、胸を張った。「11月までよろしく頼む」
「! はい。2人で体育館を1860年代のアメリカに様変わりさせてご覧にいれましょう!」と源川はマグノリアの花のように華やかに笑った。
最初のコメントを投稿しよう!