柊木さんの唇を拾った

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ある日の昼休み。 ツトムと一緒に昼ごはんを食べ終え、五限目までやる事もなく漠然と過ごしていた。 「先週からずっと柊木さんマスクだよな。風邪かな。」 何か変わったことがないだろうかと思った時に、ふと、席に座る柊木さんが目に入った。 「俺、知ってるぜ、なんでマスクなのか。」 「何でなの?。」 「唇を落としたらしい。だから口元隠してんの。」 「は?。何それ。口紅じゃなくて?。」 「唇。噂で聞いたんだよ。」 「まじかよ。一大事じゃん。」 「そう。で、俺、その唇、昨日拾ったの。」 「それは流石に嘘だろ。」 「本当だって。ほら。」 見ると、ツトムの手には明太子を2つくっ付けたような、ころんと丸みを帯びた赤色の物体が握られていた。 それはどこからどう見ても唇だ。 「うーわ。まじかよ。」 「な。いいだろ。」 「いいなー。キスし放題じゃん。」 「キスどころじゃねーよ。」 「確かにな。最高じゃん。」 「でもな、俺、気づいたんだよ。」 「何に?。」 「唇ってさ、単体だと興奮しないわ。やっぱり唇は顔に付いてこそなんだと思うわけ。」 「なるほど、それは一理あるかもしれんな。その領域に達してないからなんとも言えないけど。」 「じゃあ、一回キスしてみ、これに。」 「嫌だよ、お前が何してるかわからん唇に口つけたくねーわ。」 「ははは、だな。」 ツトムが笑いながら、柊木さんに目をやった。 「俺さ、バレないように返そうと思ってる。」 「いやいや、流石にバレるだろ。唇だよ?。拾ったよ、て素直に返したらいいじゃん。」 「女心わかってないなー。女子からしたら、男子に唇拾われるのなんて嫌だろ。相場で決まってんじゃん。」 「どこの相場だよ。ちなみにどうやって返そうと思ってるわけ?。」 「寝てる間とか、すれ違いざまに、さっ、と。」 「いや、待って、思ったんだけど、そもそも今、柊木さんの口元どうなってんの。」 「それはあれだろ…。 俺もわからん。どうなってるんだ…?。」 ツトムと僕は目を合わせ、小さな脳味噌で全力で想像した。 「まずそこからじゃね?。構造わからないと返せないだろ。」 「間違いねえ。じゃあまずお前、あのマスク剥ぎ取ってこい。」 「何言ってんの。お前が行けよ。俺関係ないから。」 「怖いじゃん。どうなってるかわからねーんだぞ?。巨大な風穴があって吸い込まれたらどうすんだよ。」 「吸い込まれて異世界転生?。」 「柊木さんの顔の風穴に吸い込まれて異世界転生した件について。」 「いや絶対おもしろくないな。」 「それな。てか冗談言ってる場合じゃない。今、昼休みだろ?。柊木さんも弁当を食べるはずだ。」 「お前頭いいな。」 柊木さんがマスクを取る瞬間を見逃すまいと固唾を飲んで観察した。 しかし、柊木さんは一向にマスクを取る気配はない。 「…なあ、柊木さん全然マスク取る気ないな…。」 「…だな。弁当持ってきてないのかな。」 「お前、パン一個余ってただろ。渡してこいよ。」 「お前も余ってたじゃねーか。」 「じゃあ、じゃんけんな、じゃんけんで勝ったほうが渡しに行く。」 「それならいいぜ。」 僕がグーで、ツトムがパー。 まさかの、負け。 なんで僕が行かなきゃならないんだと思いつつ、 承諾した手前仕方ないか、ということで、 「これ、よかったらどうぞ。」 と優しく柊木さんにパンを差し出した。 「いらない。」 柊木さんの冷酷な目。 僕は今にも凍てつきそうで、何も言えずに自席に戻った。 「お前、嫌われてるんじゃね?。」 「いや、まじ怖かったわ。きっぱり断られた。嫌われてるのかな。」 「それかあのマスクの下がよっぽどヤバいのか、だな。」 「そっちの説が濃厚だ。何としてでもあのマスクの下を見なければならない。」 「よし、作戦を変更しよう。」 「イエス、ボス。」 「柊木さんが席を離れた隙に、大好物であるイカそうめんを机の上に置いておくんだ。題して、好きなもので釣る作戦。」 「ボス、題してそのままですね。」 「そこは突っ込むな。見てみろ、柊木さんが席を外すぞ。」 「はい。ところでイカそうめんは何処にあるんですか。」 「こんなこともあろうかと朝コンビニで買っておいた。」 「ボス、流石っす。」 ツトムと僕は柊木さんが席を外した瞬間に効率よくイカそうめんを数本、袋から出して柊木さんの机の上に置いた。 「柊木さん戻ってきたぞ。」 「机の上のイカそうめんに警戒してますね。」 「突然机の上に大好物が出現したからな。さあ、どうする。」 「必死に堪えてます。どうやら食べたいようです。」 「堪えれるわけがないだろう。それはお前の大好物のはずだ。」 「あっ。」 「え…。」 柊木さんは机の上のイカそうめんを右手で摘み上げると、そのまま何食わぬ顔でブレザーの右ポケットに入れた。 「ポケットにしまいましたね。」 「ああ。」 「誰のかわからんイカそうめんを直にポケットいれる?普通。」 「それほど好きなんだな。だが、今ので俺は分かった。」 「お、なんですかボス。」 「モノを体内に取り込む穴がそもそもないんだ。唇が外れたことによって、口元だけのっぺらぼうなんだおそらく。」 「なるほど。確かに。その発想は無かったです。」 「大好物を食べたいけど食べれなかった。だから唇が戻った時に食べようと、微かな期待を持ってイカそうめんをポケットにしまったんだ。」 ツトムと目を合わせる。 どうやら考えていることは同じようだ。 「…あの、なんか、かわいそうじゃないですか?。」 「…あのさ、俺もそれは少し思ってた。」 「素直に返した方がいいんじゃ?。」 「あのさ、それも思った。唇なかったら不便だよな、きっと。」 「このまま何も食べれなかったら柊木さん死ぬかもよ。」 「それはまずいな。心なしか先週よりげっそりしてる気がするしな。」 「してる。なんか顔色悪いし。」 「ちょっと俺、返してくるわ。唇。 「うん、そうしよう。俺も付き合うよ。」 僕達は意を決して席を立ち、柊木さんに唇を返しに行った。 「あのー、柊木さん、これ昨日拾ったんだけど。君のだよね。」 柊木さんは思っていた反応と違う。 明らかに顔を顰めている。 「は?。何これ。気色悪っ。」 「いや、唇。柊木さん、唇落としたんでしょ?。だからマスクしてるんだよね。」 「何言ってんの、絡みだるいんだけど。見ての通り唇ありますけど。なにが言いたいわけ?。風邪で体調悪いんだからメンドくさい絡みしてこないでくれる?。」 マスクを外した柊木さんには唇がしっかりと付いていた。 そんなことより柊木さんの中の果てしなく深い嫌悪感がゴルゴンのような鋭い目で伝達され、僕達は凍てついた。 「え、あ、、すいませんでした。」 カチコチの足でそそくさと柊木さんの元から去った。 「柊木さんのじゃないじゃんかよ。やっぱりただの風邪じゃん。」 「絶対柊木さんのだと思ったんだけど。じゃあ誰のだよこれ。気色悪っ。」 「そもそもそれ本当に唇か?。ただのゴムじゃね?。そんな血色悪い唇見たことねーぞ。」 「確かに、なんかゴムみたいに硬いなとは思ってたんだよな。」 「だろ?。唇落とす奴なんて聞いたことねーよ。どうやって落とすんだよ。」 「それもそうか。もういいや、どっちにしろ柊木さんの唇じゃないならいらねー。」 ーキーンコーンカーン。 「おーい席つけ〜。五限目始めるぞー。」 チャイムと同時に教室に現れるロボットのような担任。 それを横目にツトムはゴミ箱に唇を捨てた。 「おい、ゴミ箱に捨てるなよ。」 「もういらねーもん。」 「五限目始める前に、みんなにお願いがある。」 担任が深妙な面持ちをしている。 クラスメイト全員が席に座ったまま固唾を飲んだ。 「昨日、校長が唇を落としたそうだ。見つけた奴は教えてくれ。」 ツトムを見ると吐きそうになっていて、 僕は笑いを堪えるので必死だった。 暫くして何かを決心したツトムが僕を見た。 「…。」 「…。」 「あの、すまんけど、俺の唇とお前の唇交換してくんね?。」 「絶対嫌だわ。」
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