【宙に浮いたもの】

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【宙に浮いたもの】

 この物語は、私立野梅(やばい)高校に通う、仲睦まじい女子高生三人……低身長だけどハイテンションのマホ、強めだけど心優しいチトセ、清楚だけど変態なユウコによる、日常の物語であるーー  体育の時間となり三クラス合同で授業が行われる。  今日は体力測定日のため、三人は体育館の片隅で順番待ちをすることに。  目の前では生徒たちが、立ち幅跳びや握力測定、上体起こしなどを行なっている。  マホはぺたりと座り込んで、手元の記録表を見ながら 「ねぇマホさぁ、凄いよほらここー!」  と言ってチトセの前でヒラヒラさせる。 「ここって言われても分かんないんだけど。どこ?」 「握力のとこぉ! 去年ねぇ8だったけど、今年ねぇ10だったの」 「よわっ! えっなんで、それおかしくね? 普段どうやってカバン持ってんだよ」 「マホ、リュックだもん」 「いやそうじゃなくて。てか計り直して貰えば? それおかしいっしょ」  隣に座るユウコが綺麗な体育座りのまま 「ううん、違うのよチトセ。  マホは握力測る時に、他の人が踏ん張るの見て面白がっていつも笑っちゃうから、その結果そんな変な数字になっちゃうの」  チトセは呆れ顔で 「えっ何それ。もうマホ個室でやってこいよじゃあ」 「マホ別に何でもいいしぃ、このまんまでいいもん」  と、ケロっとした顔。チトセは苦笑して 「必死にウチの高校のランクあげようとしてるやつが聞いたら泣くやつな。マホ一人だけで、平均ダダ落ちだろ」  するとユウコは微笑みを添えて 「ちなみに私は、握力測定は素晴らしいと思ってるの」 「え、なんで?」  とチトセ。 「だって握りしめてる時の顔、イク時みたいで面白いでしょ?」 「でしょって言われても困るわ。どんだけ妄想広がってんだよマジで」  そこでマホは向こうを指差しながら 「ねぇねぇ、あれなんていうんだっけ?」  二人が顔を向ける。ユウコはキョトンとして 「反復横跳びのこと?」 「あ、それそれ。これってさぁ、不公平だよね」  チトセは首を傾げ 「なんで?」 「だってマホ背低いのにさぁ、足届かないじゃん。なんで、チトセとマホ同じ線なの?」 「あ……まぁたしかにそっか。言われてみたら、身長差あると不公平かもな。足の長さも違うわけだし」 「でしょ? マホの時5センチ幅くらいにしてほしー」 「逆に跳べなくねそれ? 跳ねてるだけじゃん」  マホは立ち上がり凛々しい目つきで 「マホの二倍もあるチトセと比べたら、ハンデないとダメだと思う!」 「二倍もねぇよやめろ!」  マホはチトセの頭に手を置きながら 「このくらいのおっきさだったら、マホ見上げなくて済むのになぁ」 「悪かったな大きくて。てかウチからしたら羨ましいけどな小さい方が。女子感あるし、服とかのサイズ困らなさそうだし」 「マホね、チトセサイズになったらチトセ見下ろしてみたい!」 「いや目線同じじゃんそれ。てかチトセサイズとか、ラージサイズみたいな言い方すんな!」  ユウコはふむと頷いて 「それにしてもたしかに他にも、体格的な影響は出てるわよね。走るのにしても、ストライドが違うわけだし。  考えてみると……身長差が凄いある時って、舐め合うこと出来ない。チトセは、相手が背の大きい人じゃないといけないわね?」  と憂いの目でチトセを見やる。チトセは顔をしかめ 「っしらねぇよ! こっち見んのやめてっ」 「じゃあ今度試してみる?」 「やらねぇよ! 一人でやって」  マホは再びぺたりと座り込み、つま先を左右にバタバタさせ 「あぁあー、マホ走るのも嫌いぃ。この後、キャトルランでしょ? やだなぁ」  チトセは呆れ気味に 「シャトルランな。キャトルランって何だよ、名前忘れたけど、あの牛が空飛ぶやつみたいじゃん」 「あ、それは誤認よチトセ」  と、ユウコ。チトセはポカンとして 「え、なんで何が?」  ユウコは指を立てて 「チトセいま、キャトルミューティレーションのことを、動物がUFOに攫われるイメージで言ったわよね?」 「あぁそれそれ。違うの?」 「キャトルは牛、ミューティレーションは切断。  つまりキャトルミューティレーションは事後の家畜を指すわけね。それとは別に攫われる段階で言うなら、それはアブダクションになるの。  要するに、アブダクションされた家畜がキャトルミューティレーションされてしまうということね。  キャトられた家畜がさらにキャトられたら、もはやそれは尋常じゃないスプラッターよ」  チトセは目を丸くして 「ぅえっ! マジでっ!? てっきりあの牛が攫われるやつ、そう言うのかと思ってたんだけど……ヤバくね、ユウコ何でも知ってるじゃん」 「ふふ、知ってるわよ何でも。  チトセが一日に平均5回は、席を立った時に食い込みを直していることも」  と微笑む。チトセは拳を目の前で握りしめ 「見んなよっ! イチイチそういうとこっ!」  とため息をついたチトセは休む間もなく、そろりと伸びてくるマホの手をパシッと掴み 「見んなってだから! なに目盗んで奪おうとしてんだよ」  記録表を背後に隠す。マホはじたばたして 「えぇなんでぇーちょっとだけ!」 「やだよっ! 別に見てもマホに得ないだろ」 「えぇあるもんっ。その日一日幸せに過ごせるっ!」 「お前幸せでもウチは不幸せだよ、気づけ」 「ちょっとだけだから1分だけ!」 「いやガッツリ見てんだろそれ!  絶対馬鹿にすんじゃん、もう分ってんだよやること」  しかしマホは引かず…… 「えぇじゃあさぁ、比べようよ! はいっ、マホの見せるからぁ」  と両手で差し出す。 「いやいや、マホの全部知ってるし」  マホは目を丸くして 「えっなんで?! やばっ、チトセ変態すぎる件について!」  ユウコが隣でお腹を抱え笑い出す。チトセはムスッとして 「なんでだよっ! マホがいちいち自己申告してくるからじゃん!」 「あははマジかぁ、忘れてた! じゃあさ、ジャンケンして負けた方が見せるってのは?」 「いやだから知ってるって既に! ウチ勝っても意味ないじゃん。てか大丈夫かお前、話が前に進んでねぇぞ」 「前が話に進んでなくないもんー。だって隠されると見たくなるじゃんー」 「前が話に進むってどういう状況だよ」 「あっ、じゃあマホ当ててみよっかぁ?」  とチトセに自信ありげな顔を向ける。チトセは首を傾げ 「……なにを?」 「チトセの朝ごはん!」 「え、体力テストの話じゃないのかよ? 話飛びすぎだろ」 「朝ごはん当てたらマホに見せてっ!  えっとね……チトセの朝ごはんは、絶対あれだよ、ごはんとお味噌汁とね、鮭とイチゴ」 「何なの、その最後のイチゴって。全然違うけどな、ウチ朝食べないから」 「えっ!? じゃあ晩御飯も食べないの?」 「っ食べてるよ! 何で自動的に晩御飯も抜かれてんの、謎なんだけど。朝晩セットって、ホテルのプランかよ」 「オーシャンビューの豪華客室には絶景露天風呂付き、部屋食で新鮮な女体盛食べ放題が定評の、ホテルチトセインね」  とユウコ。チトセは顔をしかめ 「もう潰れろよそのホテルっ!」  するとマホは、顔をハッとさせ 「あっ! そう言えばチトセの家のお風呂おっきいよねぇ。ちっちゃい頃遊んだ丸いプール三つ分くらいあったし」 「お前入ったもんな、しかも勝手に。ってか何その比較対象」  マホはひょいと立ち上がって、床に指をさしプールの大きさを描きながら 「こんな感じの大きさでさぁ……」  その途中近くにいたチトセに手がポンッと当たる。  マホはそこで立ち止まり 「あっ、チトセちょっとどいてぇ?」 「えっ……いやわざわざここ通らなくてよくね? なんでウチにかかるところ、わざわざ通るんだよ」 「えぇだってどっから始めたか、分かんなくなっちゃうよ?」 「めんどくさっ……やり直しゃいいじゃん」  と渋々そこをどくと、マホはそこを通り一周して 「こんな感じの大きさだったの!」  と満足そうに。チトセは座り直すと 「そういえば子供の頃プールやだったなぁ……髪長かったし、乾かないんだよな。ユウコもそうだったろ?」 「私は子供の頃短かったから、すぐ乾いたわよ。今は乾かないわね」  チトセは目を丸くして 「えっ! ユウコ短かったの?」 「そうよ、ショートボブだったから」 「うわっ想像つかないんだけど、マジで?」 「マホもイメージわかないっ! ユウコいつも長いイメージだったもん。えっじゃあさ、マホくらい?」 「そうね、マホより少し短いくらいだったかしら」  マホは目を輝かせ 「おぉぉ、短いユウコ見てみたいなぁっ! でもさぁなんで長くしたの?」 「そうね、特に理由は無いわ。チトセが洋服選ぶ時と同じね」 「おい待て! ウチそんな適当に選んでないけど。一応理由あって選んでるよ」  マホはユウコに近寄ると髪を束ねながら 「ユウコ短かったらこんな感じかなぁ?」  チトセは、おぉと頷いて 「なんとなくはイメージ出来るけど、それもありだな。いいよなぁ、どんな髪型でも似合うやつって」 「ふふ、ありがとう」  と微笑むユウコ。 「ああっ! マホ見えないこれじゃあ、チトセやって!」  ということで、今度はチトセがユウコの背後に回り、髪をまとめようと手を伸ばすと 「やぁっ、チトセ……そんなとこ……触らないで」  と口に手を当て恥ずかしむユウコ。 「やめろよっ! なんでウチの時だけ変な反応するわけ!」 「ふふ、興奮した?」 「しねぇよ! ドン引きしたとこだから安心しろ」  そしてチトセはやれやれと髪をまとめ上げマホを見やると、チトセの記録表を見てニヤニヤする姿。 「……っておい!」  慌てて駆け寄りパシンッと奪い取り 「何勝手に見てんだしお前っ……!」  マホはケラケラ笑いながら 「ウケる……! チトセ握力ヤバすぎぃ! さすがチトセって感じするぅ、凄いよね70キロって!」  チトセはその場に項垂れて 「お前広めんなよっマジで……」  ユウコは口を手で覆い 「なんてことなの……チトセに握られた男の子は、その日に生殖機能を失ってしまうわね」 「こっちがなんてことなの、だわっ!」  するとユウコは、思い出す素ぶりで 「あ、そういえば、いつも開きにくいペットボトルの蓋開けてくれるものね?  女の子の力だけじゃちょっとキツイ時に、チトセがいるとすごく助かるの。いつも感謝してるのよ。ありがとう」 「髪の毛抜いてやろうかお前、なんのフォローにもなってないからっ!  こんな要らねぇ、ありがとう言われたの初めてだわ」  マホは手を上げて 「あっじゃあさ、フライパン丸めるやつできる?」 「できねぇよ! そういうレベルじゃないからこれ」  ユウコは人差し指を顎に添え 「でもさっきの話で少し気になったのだけど……チトセの小さい頃って、どんな子だったのかしらね?」  マホは悩ましい表情で 「あーたぶんマホねぇ、チトセは子供の頃から盛ってたと思う!」 「いやそれさ! 意味分かって言ってんの?」 「え? なにがぁ?」  ユウコが口を隠し肩を震わす。チトセはパッと振り向き 「笑うなっ!」 「ごめんねチトセ、ふふ。ついつい想像しちゃったわ」  するとマホは、チトセの顔をまじまじと見つめ始める。  チトセは怪訝な目で 「なに……?」 「チトセのちっちゃい版どんな感じか想像中……」 「いいよ、そこに想像力使わなくて」 「あぁマホちっちゃいチトセと会ってみたかったなぁ……そしたらマホねぇ、手繋いであげる」 「それ可愛いわね、じゃあ私小さいチトセに大人の喜びを教えてあげるわ」  と、満面の笑み。チトセは失笑して 「いやガチで良かったわ、タメでお前らと出会えてて。  てかマホに手繋がれて引き摺られてる可哀想な自分のイメージしか出てこない不思議な。  にしてもマホ、本当身長変わらないよな」  マホは項垂れると 「それなぁ……マホはたぶんチトセに身長も体重も取られちゃったんだよ」 「その兄妹設定みたいなノリやめて。てかウチが、体重あるような言い方すんなし」 「あ! マホ思い出したっ! あのねぇ、この前朝ちょっと伸びたって思ったら、帰ったら縮んでて、どゆことってなったのー」  ユウコはクスッと笑って 「それはそうよ。朝は誰でも身長は少し伸びてるものよ。軟骨である椎間板が、重力によって潰れるからその分縮むの」 「えぇそうなのっ? じゃあ体重も?」 「体重は変わらないわね。それが重力で変わったら物理学者が泣くわよ」  するとマホは手をポンっと打ち 「そいえば、マホ無重力体験とかしてみたいなぁ。どんな感じなんだろ!」 「あー分かる。ウチも一回経験してみたいなそれ」 「でしょー? テレビでふわふわしてるやつ流れるけど、全然わかんないよねぇ、どんな感じなのかぁ」 「あれな、スペースシャトル?  なんか飲み食いするの大変そうだよな。無重力で生活ってのは、ちょっと鬼畜じゃない?」  と苦笑するチトセ。ユウコはふむふむと頷き 「たしかに興味深いわね……もし無重力なら、どうやって営むのかしら?」  チトセはジト目で 「マジで必ずそこに帰結するんだなユウコは……てかさ、飛行機みたいなのに乗って無重力体験できるとか、なかったっけ?」 「あぁマホも知ってるそれっ! 飛行機の中でみんなバラバラにされるやつでしょ?」 「なにその斬新なホラーみたいな言い方」  とチトセ。ユウコはクスッと笑い 「確かにあるわね。パラボリックフライトのことかしら。  あれは小型のジェット機で出来ることで、日本でもやってるけど、厳密には低重力だから無とはちょっと違うわよ?」 「えっマジで? じゃあやっぱ宇宙に行かないと無重力体験出来ないのか」  とポカンとするチトセ。 「マホ宇宙に行ったらさぁ、太陽の上歩いてみたいなぁ」  チトセは失笑して 「お前それ一瞬で消えるぞ。何でそれ選んだ?」 「え? だって月はさぁ、もう歩いた人いるからぁ」  ユウコはクスクスと笑い 「太陽の上歩けたら伝説ね」 「じゃあさぁチトセとユウコどこ歩きたい?」 「ウチは……それだったら普通に月歩いてみたいかなぁ」 「そうね……私は、やっぱりヒドラね」  数秒沈黙。チトセは意識を取り戻し 「え、待ってなにそれ?」 「2005年に見つかったカオス的自転をする冥王星の衛星よ。未知感のある感じと、名前で惹かれたの」 「しらねぇ……ユウコいったいどこまで頭に入ってんだよ。全然知らなかったわそんなの」 「マホも初めて聞いたっ! えっそういう名前ってさぁ、誰がつけるの? お母さん?」 「お母さんって誰っ! その星産んだお母さんいんの? とんでもねぇ擬人化だなそれ」  とチトセ。ユウコは、ふふっと笑い 「神話みたいね。  基本的に彗星の場合は、発見した人の名前が自動で付くわ。  小惑星の場合は、軌道がはっきりしてからまず番号が振られるの。それから発見した人が16文字以内で自由に付けることができるのよ」 「おぉすごーいっ! えっマホも付けたいなぁ、なんか見つけたぁい!」  と目を輝かせる。チトセは靴下のズレを直しながら 「へぇ、そんな仕組みで付いてんのか……面白いな、なんかいいよなぁ名前つけたらずっと残る……ちょ、マホやめてそれ」  と、靴下を引っ張るマホを見下ろす。マホはキョトンとして 「なんか気になった!」 「いやっウチも気になったから直してんだよ。戻すなそれを!」 「えっ、脱ぎたかったんじゃないの?」 「脱がねーよっ! いいって伸びるからやめて」  マホは靴下をつかんだまま 「チトセと伸びた靴下って小説ありそー」 「なんだそれ、売れない絵本かよ」  と、チトセはマホの手を抑える。マホはそれでも引っ張りながら 「チトセはさぁなんて名前つけるぅ? 星見つけたらぁ?」 「えっ、そう言われると分かんないな。あでも、日本名みたいなのがいいよな」 「日本名? チトセコみたいなぁ?」 「なにそれダサっ! コいらなくね?」 「じゃあチト(せい)!」  そこでユウコが吹き出す。チトセはムスっとして 「くだらない名前ばっか思いつかなくていいからっ! てかマホはなんてつけるわけ?」 「えぇマホはねぇ、イトウユミコってつける」 「それ保健室の先生じゃんっ! やめとけよ人の名前勝手に使うの」  するとユウコが、ふと立ち上がり 「二人とももうそろそろ、順番来るわよシャトルラン」  チトセはため息をついて 「めんどいなぁ……てかマホいつまで引っ張ってんだよっ!」  と頭をパチンと叩き 「伸びちゃうからマジでっ」  と言うが、マホは寝そべったまま靴下から手を離さず 「じゃあ乗せてーっマホもう動けないぃ! 運んでチトセ」 「いや立てよ自分で、クララも立ったんだよ一人で。お前も立て」 「マホはクララじゃないもん」 「知ってるよそんなのっ!」 「ちーとーせー、マホ立てないぃ」 「もうーっ、マジで面倒臭いやつだなお前は」  屈みこんでマホの脇を抱え、グイッと起き上がらせると 「おぉ凄いぃっ! さすがチトセ力持ちーっ! 握力の帝王だぁっ、霊長類最強説あるねこれ」  と笑うマホ。チトセはムッとした顔で、マホの脇を抱えたまま上に持ち上げ、ぶらりと宙に浮いたマホを睨みつけながら 「マホ、ごめんなさいは?」  足がだらりと浮いたマホは目を点にさせて 「え……ごめんなさいーー」
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