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ウサビロコウの時は舞台メイクにカラコンまで入れていたとはいえ、すぐに気付けなかった自分が恥ずかしい。
確かに声のトーンをもう少し高くして、眼鏡をはずせば近い姿になるかもしれない。
まさかこんなタイミングで出会うことになるとは!
悩んでいると今は赤くない、少し色素の薄い目が陽輔と合う。
―――やっぱり、あの時と同じ目だ。
その目を見て、陽輔は確信した。
いつか一緒に仕事がしたいと思っていたあのウサビロコウの役者がすぐ横にいるのだと。
「……狗神陽輔くん?どうかしたの?」
シーンと静まり返った空気の中、音響監督の少し怒りを含んだ声が響く。
しまった。今は仕事中だ。
陽輔は慌てて立ち上がると役名、自分の事務所、名前を名乗る。
自分がちゃんと喋れていたのか気にかけることが出来なかったのははじめてだ。
心臓の音がうるさく、変な汗が流れる。
他二人の声なんか聞こえもしなかった。
―――し、しかも侑人さんとこ、恋人役……なのか!?
とんでもない事実に気付いてしまえば、さらに緊張が増した。
さきほどまでいつも通り、役になり切り仕事をこなすだけと割り切っていたはずが、まるで風邪をひいて高熱を出したかのように全身が熱く全く何も頭に入ってこず、今日のために作りこんだ演技プランも役に立ちそうもない。
陽輔がマイクの前でスタンバイする侑人の後ろ姿を直視できないまま、リハーサルがはじまってしまった。
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