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「自分の幸せも大切にね。ミカちゃん。」
「・・・え?」
先輩は、蝋人形のように微笑みを崩さず、私を見つめる。
「ミカちゃん。もし彼と結婚を考えているなら、まず同棲から始めて。味噌汁の味は薄味でね。機嫌が悪い時にはそっとしてあげて。時間が経てば治るから。帰りが遅い日が続いたり、知らない服を見つけたり、携帯の通話料金が変に跳ね上がっている時も、見て見ぬ振りしてあげて。彼はあなたを一番に愛してくれるはず。」
「・・・先輩・・・?」
「ミカちゃん、私ね。」
呆気に取られた私を、先輩は優しく抱きしめた。
「・・・幸せになってほしいの。あなたに。」
ピンク色のホールの中で、賛美歌を聞きながら、私は先輩の温かい胸に抱かれていた。
「・・・別れよ。」
『えっ 何でっ・・・』と、拍子抜けした薄っぺらい男の声を、私は人差し指で途絶えさせると、ホッと息をついた。
これで全て分かったのだ。彼のスマホに先輩と同姓同名の名が残っていた理由も。彼が私の職場の話を聞いた時、やたら動揺した理由も。財布をよく忘れる理由も。原因不明の旅行や出張が立て続く理由も。
奴は先輩を捨てた。そして今度は私を捨てるつもりだったのだろう。
だったらその前に捨ててやる。
後悔なんてしてない。私は先輩の言葉に素直に従った。ただそれだけ。
「ミカちゃん そろそろ受付に回ってもらって良い?」
「はいっ!今行きます!」
目的を果たした今、これからも私は このお人好しな先輩の元 「人の幸せを願うウエディングプランナー」を演じ続ける。まぁ それはそれで良い。この業界も、案外興味深くて、自分を必要とされることへの優越感にも浸れる。
「本日は誠におめでとうございます。こちらにご記名を頂戴・・・」
私がこの仕事を選んだ理由 それは
「自分が 幸せになるため」だ。
オルゴール調の賛美歌は、ホール全体にこれまでなく心地よい音色を奏でながら3周目に突入した。
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