僕と私のおとしもの

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「別れた(ひと)って、ほら!あれだよぉ。落としものみたいなものだよね。なくなると困るの。なくしてから慌てて焦って、元来た道を戻ってもそこにはもう何もない。仕方なく新しいものを手に入れても、なんか違うなぁ、しっくりこないなぁって比べちゃう。ないと思うから余計に寂しいんだよね。元は自分のものだったから悔しいんだよね」 「…長いんだけど」 私はチッと聞こえるように舌打ちしてから縁の厚いカップを手に取る。 混み合うカフェでもたつきたくないからいつもブレンドコーヒー一択。ミルクも砂糖もいりませんと首を振り、席を確保してから振り返ればまだ店員とやり取りしている亜希の後ろ姿に呆れの息が漏れる。 「えぇ、相談ってそういうものでしょ?なーちゃんはどう思う?」 「落としものってのは気が付かないうちにうっかりなくしたって事でしょ。亜紀のは落としたんじゃなくて逃げられてるだけだから。向こうが見付けて欲しくないんだから探したところで無駄」 「ひどくない?そんなんだから友達少ないんだよぉ」 スプーンでかき回されたカップの中には生クリームが渦を巻く。甘い香りがふわりとのぼり、艶のある唇に吸い込まれていく。 「そんなんだから彼氏に逃げられるんだよ」 口が悪いと言われれば反論はしないけれど、私だって時と場合と相手は選ぶ。 亜紀は不満そうに頬を膨らませているけれど、本気で怒ってはいない。それは付き合いの長さで分かる。 「…今の人もさ、多分ダメかもぉ」 亜紀の弱気が吐息に混じって薄く開かれた唇から漏れていく。香ったばかりの甘い香りが再び鼻を掠めた。 「なんで、何かしたの?」 「何もしてないよぉ。何回かご飯に誘ってもらって、駅前でショッピングして、最近流行ってる映画を観に行って…先週末に向こうの家に泊まっただけ」 「したの?」 「してないよぉ。私は良いと思ってたんだけどね。お風呂借りて出たら急に用事が出来たからって部屋出てっちゃったの。待ってたけど帰ってこなくて、メールで鍵はポストに入れといてって。それから連絡つかなくなっちゃったんだよねぇ」 「ふーん…」 身振り手振りを交えて喋るその姿を見るのは何回目だろうか。いつもと同じ展開という事は原因も同じだろう。 「まぁ、なんかが合わなかったんじゃないの。大体女からの連絡無視するような男なんて大した奴じゃないよ。自然消滅なら無駄に時間も体力も取られなくて良かったじゃん」 「なーちゃんいっつもそう言うけどさぁ、そうしたら私はずーっと大した事ない人としか付き合ってないって事?」 「なんだ、分かってるなら次頑張りなよ」 「ひどい!いじわる!」 伏した瞳を隠すように長い睫毛。瞼に広がるグラデーション。頬に程よくのせられたチーク。唇をコーティングする艶めく口紅。 そのどれもが羨ましい程に。 綺麗。亜紀は、綺麗だよ。 音にならない言葉が、冷めたコーヒーの中に沈んでいく。
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