エルゼ・冬の紅薔薇 4

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エルゼ・冬の紅薔薇 4

 エルゼが訪れるとヘルフリートは執務室の革張りの椅子に座り、書類に目を通していた。  夜を迎え、外気温はいっきに下がった。執務室の暖炉にも火が燃やされていた。 「先ほどは、母が失礼を。夕刻に町から父の使いが来て、金を無心していったものですから」  やり場のないアステーデの怒りの矛先が、たまたまエルゼたちに向けられただけらしい。 「いえ、気にはしておりません」  そうは言っても、エルゼは長いまつげをふせた。  執務室の床は、すきま風を防ぐために厚手のフェルトの絨毯が敷かれ、来客用とはべつに暖炉のまえにもひじ掛けつきの椅子が二脚置かれている。柔らかなクッションがのせられ座り心地がよさそうだ。  ため息をついて、ヘルフリートは書類を片づけた。机のうえには、図書室から持ってきたらしい本が数冊ある。 「今年の冬は、なんとか飢えずにすみそうです。非常用の穀物の蓄えも増やせたのは喜ばしい。あとは、頭領(ずりょう)会議がうまく運べば、いうことはないのですが」  そういってから、立ったままのエルゼにようやく席をすすめた。エルゼが促されて暖炉のまえの椅子に座ると、ヘルフリートも隣の椅子に腰かけた。 「あなたさまから見て、今年の我がバルシュミーデ領はいかがですか? 聖都で学ばれたかたのご意見を伺いたい」 「昨年の頭領会議では、どなたもわたくしの意見など聞くに値しないと申されましたが?」  一年まえの出来事は未だエルゼのなかでくすぶっている。エルゼが耕作地と栽培する小麦についていくつか提言したところ、頭領のひとりがエルゼにあからさまな暴言を吐いたのだ。 「あらためてお聞きしたいのです」  詫びることなくヘルフリートはエルゼに対峙した。  わざわざな問いかけに、エルゼは静かに息を吸うと背筋を伸ばした。 「では、申しあげます。冬のあいだ人が食べる麦を家畜にまわさなくてすむよう、家畜用の草を育てる土地を開墾するべきです。刈り入れた草を貯蔵管理する倉庫はバルシュミーデが建てて」 「それは素晴らしい考えだ。冬に家畜をつぶさずに育てられれば、数が増え加工できる羊毛も肉もふえる。民の口にも肉が入りやすくなろう。では開墾の人手はどこから? 資金はどこから?」 「それは……働き手は各家々から。春先の種まきが終わりしだい男手を集めて。倉庫は東側のものを改築すれば、安く上がるのでは。費用は同盟領から借りることはできないものでしょうか」 「すでに借金はある。残念だが、これ以上担保にできるものがない。お分かりのように我がバルシュミーデには目玉になるような産業はないに等しい貧乏領だ」  自虐的にヘルフリートが口を歪めた。  足りない金を領民から税として集めることはできないだろう。皆、かつかつの暮らしだ。あまりに抑圧が強すぎると反感を持たれて農民の散逸を招く。 「あなたご自慢の温室で何かつくれませんか」 「お花でも作りましょうか? もっとも温室といえども、いまの時期は屋根がかかっているだけというありさまです。何かを芽吹かせるほどの温かさはございません」  鉱石が採れる山があるわけでなし、わざわざよそから足を運びたいと思える風光明媚な場所があるわけでなし。四方を険しく高い山にかこまれ、近隣との交流を阻む。  高い山にしか生えない特別な草花があるかも知れない。雪がとける季節になったら、山へ登ることを考えてもいいだろう。今日訪れた沼をもういちど調べてもみよう。エルゼはひとり思いを巡らせた。 「父うえはあのとおりだ。領地のことなど顧みぬ。そのくせ領主の座を譲ろうとはしない」  年貢が納められる端からイグナーツが使ってしまう。 「わたしに、知識があればよいのだが。ここは物も金も足りぬが、人が足りぬ。ラーレとカミルの専属教師にしていておくのは惜しい。あなたを屋敷に閉じ込めず、私塾でも始めさせたらよいのに」  ヘルフリートの意外な言葉にエルゼは目を見開いた。よもやそのような意見がヘルフリートから出ようとは。 「苦しいなか、仕送りを続けた甲斐がない」  みもふたもないヘルフリートをエルゼは睨み付けた。 「すみませんが、本題に入りませぬか?」  ヘルフリートは背後の卓へ手を伸ばし荷を取ると、紐のかかった小さめの木の箱と手紙を渡してくれた。 「ロティシュ殿とは、あのガブリエル・ガブリエラですか」  エルゼはにっこりとほほ笑んで受け取った。差出人は、やはりロティシュだったのだ。蝋封された手紙をオープナーを借りて開くのももどかしく、折りたたまれた便せんを開いた。かすかにロティシュ愛用の香が漂った。  ヘルフリートは隣の椅子に腰かけ、黒のローブの内側から薄手の本を出し暖炉の明かりで静かに読み始めた。 『エルゼさま お変わりなくお過ごしでしょうか。アルマサナスはようやく暑さが去りました』  ありきたりな季節の挨拶文。あいかわらず右肩あがりの癖のある文字。万国の文字を苦もなく詠み解くロティシュは、書くことが苦手なのだ。  ロティシュの手紙には、共同管理の調停の通訳として東方世界のマナチ・イレックのオアシスへ行ったことが記されていた。 『初めて訪れた地でしたが、生まれ育った場所と似かようところが多く、私は現地の者と間違われたりしました』  ロティシュの持つくせのない黒髪や深い鳶色の瞳は、こちらでは異国情緒が漂うが、東方世界でならばきっと、すんなりなじんだことだろう。ただ、東方世界(あちら)ではガブリエル・ガブリエラの扱いはあまり良くないと聞く。客人であれば、酷い扱いは受けなかったとは思われるが。そのあたりのことは、書かれていなかった。エルゼに心配をかけないようにとの気遣いなのかもしれない。  決まっていたことなのに、調印には時間がかかったこと。両者の利権がからんだ主張がいまさらにぶつかり、とても手間取ったと書かれてあった。  見た目と裏腹に、なかなか気性の激しいロティシュがおとなしくしていただろうかと、エルゼは不安になったが、次の文章に思わず声が出た。 「え?」 「どうかしましたか」  読んでいた本から顔をあげて、ヘルフリートがたずねた。答えずにエルゼは手紙を一気に最後まで読んでほほえんだ。 「ロティシュが伴侶を得たと」 「あの黒髪のガブリエル・ガブリエラが」  ヘルフリートもロティシュのことは覚えていたらしい。エルゼは胸に押しあてていた手紙を、いまいちど読み返した。 「東方世界で、侍女として世話をしてくれた娘を娶ったと」  小さく息を吐くとヘルフリートは本を閉じ、暖炉の炎を見つめた。 「……不躾を承知で、下世話な質問をしたいのだが。ひとつ聞いてもよろしいか」  戸惑うように、ヘルフリートが視線を合わせずに問いかけてきた。エルゼはうなずいた。 「ガブリエルやガブリエラはどちらと結婚するものなのでしょうか」 「どちらとでも、としか。ロティシュの曾祖母は『ガブリエル』ですが男性に嫁いだそうですし」  ふむ、とヘルフリートは眉をぎゅっと中央に寄せて口へ曲げた。 「ただ、両性同士ではしないものです。生涯独身のものも珍しくはありませんが、同輩を伴侶に選ぶものはほとんどいませんし、その二人の間に子ができるのは更に稀です」  もともと、ガブリエルにしろガブリエラにしろ子を持つのは難しい。 「親が両性どうしの子どもは非常に美しく、また卓越した才を発揮するらしいのですが、古い文献に散見されるだけで、ここ百年ほどはアルマサナスにも一人もおりません」  かつて能力の最高位『飛翔』ができた、金のガブリエルの異名をもつフローリス・ドルンの両親はガブリエルとガブリエラだったと伝わる。 「あなたが子を産んだら、その子はガブリエルかガブリエラでしょうか」 「……ありえないことですわ」  エルゼはわざと意味を持たせるようにヘルフリートへ強めのまなざしを送った。気まずげに咳ばらいをすると、ヘルフリートは再び本を開いた。  エルゼは少しばかりの溜飲を下げ、箱の紐をほどいた。  箱の中にはおがくずが詰められ、指でゆっくりと探ると中から細長い植物が数個出てきた。そしてこちらにも手紙が添えられてあった。 『これは東方世界でひろく栽培されている植物だそうです。気候が冷涼であってもよく取れるとのことでした。乾燥させて蓄えることにも向いていると。わたしはこちらで、それを粉にして焼いたものを食べる機会がありましたが、非常に美味でした』  エルゼはその植物を手に取ってみた。まるで粟を固めたようにみえる。粒のひとつひとつは粟や黍よりも大きい。ほんのりとした黄色でところどころに赤や紫の実が混じる。  手に取りつくづくと眺めているエルゼにヘルフリートが声をかけた。 「それは?」 「食べられるものらしいのですが。東方世界のお土産ということでしょう、おそらく」  ふふふ、と思わずエルゼが笑みを漏らすとヘルフリートがいぶかしげに首をかしげた。 「なにか?」  小さな実を見つめているエルゼには、かすかな波動が伝わってきていた。それは歌のように聞こえるのだ。楽しげな歌、たとえるならば太陽のように輝く陽気な……。 「歌っています。きっとこの子たちはわたしたちの仲間になります」 「草花が歌、を。あなたには聞こえる」  それが、エルゼの才なのだ。うなずくエルゼを見るヘルフリートは瞳にわずかな嫌悪の色を浮かべている。  聞こえる歌をエルゼは小さく口ずさむ。胡散臭いと思われることには慣れている。気にせずに添えられた手紙の続きに目を通した。 『曾祖母のヨルダッシュが住んでいたという寺院まではたどり着けませんでしたが、確かに焼けた廃墟があることはイレックの役人から聞き出しました。曾祖母の書き付けは夢物語ではなかったのです。  エルゼ先輩は笑うかもしれませんが、お伝えします。わたしは、マナチ・イレックで曾祖父のトールらしき人物と出会いました』  思わずエルゼは背もたれから体をはなしていずまいを正した。 『わたしが、妻であるシャーラを連れ去ることに協力をしてくれたのです』 「つ、連れ去るって……」  エルゼがつい文面を口にすると、ヘルフリートがエルゼをまた見た。作り笑いを返してエルゼは小さな便箋を両手で広げて、食い入るようにして続きを読み進めた。 『シャーラは主人である首長のもとで、ひどい扱いを受けていたのです。学はありませんが賢く心根が優しい娘です』  そこからは、数行ばかりのろけと変わらぬ内容が続きエルゼは吹き出すのをこらえた。 『……トールは四十くらいにしか見えませんでした。赤毛で長身、白髪もなければ、腰も曲がっていませんでした。まさかと思ったのですが、別れぎわに抱きしめたわたしに「ヨルダッシュによく似ている」と言ったのです』  エルゼは頭の中で計算してみた。たしかロティシュは二十歳、存命の祖父は七十前後。その父親であると、若くても九十くらいか……。  外見が四十ということはありえない。  もっともロティシュの祖父もすでに長寿の部類といって差し支えないのだが。九十歳……アルマサナスの生き字引と呼ばれる導師で八十くらいだった。重要な行事のときだけ見かけたが、歩くことにも手助けが必要なほどだったが。  手紙を読み終え、ぼんやりと暖炉の炎を見つめるエルゼにヘルフリートが声をかけた。 「なにか、重大な知らせでもありましたか」 「あ、いいえ。なんと申しましょうか、おとぎ話というか神話の一端にふれたような気がして」  エルゼは手紙をヘルフリートに渡した。 「よろしいのですか」  ええ、とエルゼはうなずい。いずれにしろ、手紙は見せようと思っていたのだ。いらぬ邪推などされたくはなかったから。いちど、ざっと目を通したヘルフリートは奇妙な味の料理でも食べたような顔をした。 「このヨルダッシというのが、ロティシュ殿の曾祖母ですか」 「ガブリエルだったそうです。トールはその夫、ロティシュの曾祖父の名です」  ヘルフリートは顎に親指をあてしばし沈黙し、また視線が手紙のうえを滑っていった。 「ロティシュからひいお祖父さんことは、なんども聞かされました。それにロティシュは伝家の文書を大切にしていました。こちらでは見かけないような種類の紙や薄い木片に書かれたものを」  ヘルフリートは手紙をエルゼに返すと職務机へ行き、ひきだしから茶色の瓶を取り出した。棚から小さな白い足つきの椀を取り、瓶の中味を注いだ。 「いかがですか?」 「いいえ。珍しいですね。ヘルフリートさまがお酒を召しあがるなんて」  ふだんの食事時にもヘルフリートは酒をたしなむことはない。 「今日の仕事はおわりです。さあ、話の続きを」  ヘルフリートは杯を手に暖炉の椅子に戻った。 「書き付けは曾祖母のヨルダッシの日々の雑記で、その中に夫であるトールの身のうえ話もあったといってました」 「不死の身だと?」  掌の杯はヘルフリートと暖炉の炎で暖められ、蒸留酒特有のふくよかな香りを放ち始めた。 「もとよりヨルダッシが仕えていた大僧正も不死と呼ばれていて、その大僧正に不死になるための薬を売ったのは、トールだった……だそうです」 「薬を、ねぇ」  ヘルフリートは見つめていた酒を一気に飲みほし、しばらく目をつぶっていた。  薪がはぜる音だけがして、あまりの静けさに気まづくなった。 「作り話でしょう。ロティシュは幼い頃に不慮の事故で両親を失いました。唯一の身内であるお爺さまは自分には不死の父親の血が流れているから、ロティシュを残して死にはしない、という作り話で安心させたのではと私は考えておりました」  エルゼは、つとめて明るい口調にした。  そのほうが利に叶う。だいいち、不死の身などありえない。あるとしたら、おとぎ話だ。 「ロティシュ殿はすべての文字を詠めるとか」  エルゼはどきりとしてロティシュからの手紙に目を向けた。大聖堂の司祭から認められたロティシュの(わざ)は、『詠唱』ーー詠むことだ。  ロティシュが(たが)えることは、ないのだ。痛いところを衝かれた。  ヨルダッシの日記を否定することは、ロティシュの能力をも否定することになる。  けれど、『不死』はあまりに荒唐無稽で信じがたい。 「おとぎ話にはありますわね。塩になった町の男。背徳を重ねた男は死ぬことを許されず、ガブリエル・ガブリエラが見張りとしてつき、永遠に人々の手助けをするよう神から命じられた」  ヘルフリートは飲み終えた杯を背後の卓に置いた。 「おとぎ話のすべてが作り事とは限りませんよ。バルシュミーデの家系は塩の町から発祥したと伝わります。もっとも以前は家名も違っていて……」  エルゼは続きを待ったが、ヘルフリートは首を左右にかすかに振ると椅子の背もたれに深く身をあずけた。 「嘘か真か。無責任な言い伝えは、血族の心を乱すだけ。領主は数代に一人は必ずガブリエルかガブリエラを配偶者に据えよという家訓の意味もまた」  そう言うとヘルフリートのまなざしはエルゼに向けられた。  エルゼは不意に、執務室に二人きりでいることを意識した。ヘルフリートはエルゼの記憶の中の、若い頃の夫とあまりにも似ている。 「長居いしすぎました。では、わたくしはこれで」  立ち上がろうとしたエルゼの指先が箱のふちをかすめると、鋭い痛みに体が震えた。 「っ!」  中途に腰をあげたエルゼの膝から箱が転げ落ち、おがくずが散らばった。 「棘が」  とっさに押さえた棘が刺さったエルゼの左手の中指を、ヘルフリートが引き寄せ素早く木の棘を抜いた。 「あ、ありがとうございます」  手を掴まれたまま、エルゼは礼を言った。棘は意外なほどに大きく、抜いた傷口に血の玉が盛り上がった。  エルゼが止血用にハンカチを取り出すまえに、ヘルフリートは無言で血の滴る指先を口に含んだ。 「ヘルフリートさま……!」  ほんの一時(いっとき)が永遠に感じられた。心音が耳のなかであまりに大きく鳴り響いた。 「あ……」  腰が抜けたように再び椅子に座ったエルゼのまえにひざまずき、ヘルフリートは姫に仕える騎士のごとくエルゼの手をとっている。 「ガブリエラの血は甘いと聞いたが……」  ようやく唇を離したヘルフリートは、エルゼの椅子の肘掛けをつかんで立ち上がった。 「わたしは」  ヘルフリートが、頬から血の気が失せ椅子のうえで身を縮めるエルゼを真正面から見おろした。  暖炉を背にしたヘルフリートの顔は、近くにあってもただ暗く表情が読みづらかった。 「あなたと……」  聞いたこともない、かすれた声だった。エルゼは動くことができなかった。ヘルフリートの手が、エルゼの顎にかかるほど迫った。  と、扉が鳴った。 「エルゼ母さま?」 「カミル!」  エルゼは呪縛から解かれたように、ヘルフリートの腕をかいくぐり、扉まで駆け寄るとノブを引いた。 「エルゼ母さま、ご用はおすみですか?  あの、ご本をよんでいただきたくて」 すでに寝間着に着替えたカミルが執務室のまえに一人立っていた。 「まあ、ガウンも着ないで」  エルゼはカミルを抱きしめた。 「こんなに冷えて」  ふるえていたのは、カミルなのかそれとも自分なのかエルゼには分からなかった。 「これをお忘れです」  振り向くとヘルフリートが手紙と小包の木箱を手に立っていた。 「あ……りがとうございます」  ぎこちない返事とともに、ロティシュからの贈り物を受け取るとき、わずかに指と指とがふれた。  せつなに交わした視線の先、ヘルフリートの瞳はただ漆黒のうろのようだった。 「まるで騎士(ナイト)だな、弟ぎみ」  カミルはエルゼのスカートに掴まってはいたが、唇を引きむすび兄であるヘルフリートから目を逸らさずにいた。 「お休みなさいませ、『エルゼ母さま』」  ふっと笑うとヘルフリートは執務室の扉を閉ざした。エルゼは扉のまえにしばし立ちすくんだ。廊下の奥から、使用人たちのお喋りがかすかに聞こえた。 「エルゼ母さま」  カミルに袖を引かれてエルゼは我に返った。廊下の灯りはカミルを天使の絵画のように淡く金色に照らし出していた。その姿にエルゼは笑みをもらした。 「寝台にまいりましょう。お風邪を召してしまう」  左手に箱を持ち右手をカミルとつなぎ、ふたりは階段をあがって行った。 「かおがあかいですよ、おねつがあるのでは」 「そう? 暖炉にあたりすぎたのかしら」  心配そうにたずねるカミルに、エルザは何気なさを装って答えた。廊下に並ぶバルシュミーデ一族の肖像画。注意深く見ると、そのなかには歴代のガブリエルとガブリエルが混じる。金の髪、黒髪、赤い唇、幼い我が子と収まるもの。  いつか自分もここに並ぶのだろうか。  それとも。  子どもが持てたなら、二人での肖像を描いてほしい。  望みの薄い願いだ。  ロティシュのところには、生まれて欲しい。早くに両親を亡くしたロティシュに家族ができますよう。  カミルの小さな手をエルゼは愛しく思った。
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