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さらにそれから少しばかり、星空が時計と並んで回った。
急激に寒くなってきた夜風に俺も彼女もおもわず「さむっ」と呟いた。
ほぼ同時だったから思わず顔を見合わせて、お互いふふっと表情が綻ぶ。
「そうだ、これ」
彼女はそう言うと、ポケットからすっと何かを取り出す。
「おっとっと」
彼女が着けている手袋が厚かったから、取り出された何かがすとっと砂浜に落ちてしまった。
俺は何?と言いながらその小さな物を拾い上げた。
「これって……」
「覚えてる?これ、あんたが誕生日の時にくれたものだよ」
思い出した。
いつか彼女の誕生日にプレゼントを渡したかった俺は、小さい頃のお小遣いでも買えるもので何か好きな子に贈れるものを探していた。
ちょうど小さな雑貨屋さんに入った時、この髪留めが見えたんだ。
それは、流れ星がデザインされた、とても誕生日プレゼントとしてはちっぽけなもの。
でも、それを手渡した時彼女は泣きながら「ありがとう、とても嬉しい」と何度も口にしていた。
そして泣き止んだ頃、その髪留めを見た彼女は本物の流れ星ってどんなのだろうと半ば一人言のように言ったのだ。
それを聞いて俺は、早速髪を留めようとしていた彼女の両手を握り、「いつか本物の流れ星を沢山見たいね」という言葉を、それ以上の何かを添えて伝えた。
時は巡って今では恋仲の彼女が、その思い出を想って此処に来ようと言ったのだろうか。
それとも失くしたまま錆びが覆っているその思い出の在り処を最後に教えてくれたのか──。
彼女の目に映る星の粒は輝きを増していた。
「せめて、私が居たことは忘れないでほしいな。今度は失くさないでさ」
彼女の瞼を越えて流れる涙を見て、俺も目頭がどうしようもなく熱くなるのを感じる。
何より悲しいのは、この涙が彼女への気持ちが離れていくことからでなく、いつの間にかどこかに落としてしまっていた思い出を、埃の被ったその思い出を、今になってようやく思い出したことに悲しさを覚えることだ。
今こうして流す涙もやがて思い出となるだろう。
けど、再び失くしてしまったらきっとまた悲しくなるんだと思う。後悔するに違いない。
だから俺は最後にせめて伝えようと口を開いた。
「──でも、涙が乾いてしまう前にこうやって話せて良かった」
彼女は今日初めて俺にその表情を見せた。
笑顔だった。
そして両目から再び涙が、流れ星のように頬までを濡らしているのがはっきりと見える。
俺は小さく頷くと、改めて星の流れる空を見上げた。
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